あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【20XX年 封鎖特区 鎌倉】
曇天の空は、徐々に晴れつつある。
愛すべき太陽を守る"亡霊"を照らそうとするかのように。
+++++
未だかつて無いレベルの無謀な宣言……少なくとも、それを受けた相手を知る人間にとっては……を聞いた"宗主"は、とても楽しそうに、哂う。
「……なるほど。私の首を、ですか。」
愛用の戦槌はいつの間にかその手から消え失せ、徒手空拳となっている。何かを確かめるように指を鳴らし、一度拳を固め、またゆっくりと開掌した。
「……五分差し上げましょう。その間は一切の詠唱兵器は使いません。恐らくこれが貴方にとって最初で最後のチャンスだ……全ての功夫でもって、殺しにくればいい」
"亡霊"の顔から笑みが消えた。この期に及んで、目の前の白い悪魔はまるでこの状況を遊びとしか捉えていない。こちらは愛用の獲物が二つ、一張羅のスーツにネクタイ、ご機嫌なサングラスまでついている。ぱっと見只の三下のように見えるが、こう見えても『特区』で"鉄火姐"と共に義を徹す『侠』として生きる能力者である。早々遅れは取らぬ、"宗主"を前にしてなおそこまでの心を保っていた。
「……何をしているのです。先ほどから言っている通り、時間が無いのですよ」
「ハハ、ハ。流石ネ、"宗主"サンはジョークも上手いカ」
練り上げた功夫は男に縮地術を与えた。
一呼吸で迷わずに目の前の愚か者に接敵した義侠は、躊躇わず手にしたモーゼルを心臓に突きつける。気の利いた台詞は不要。ただ人差し指を引いて、ありったけの銃弾で自らの驕りを分からせてやればいい。小姐、愛しき人、見よ、狂った白夜は今終わる。
その人差し指は動かなかった。
「……まず基本を教えておきます。銃は遠くで撃つものだ」
引き金には既に"宗主"の指がかかっていた。詠唱銃もまた銃、引き金が引けぬならばただの詠唱銀が凝固したものに過ぎないことは"亡霊"も十分に理解していた。積み上げた功夫と潜ってきた修羅場の経験が、次に自身の身に何が起きるかをうんざりするほど明確に示唆する。気を練らなければ。来る。矛が、心の臓を狙って、来る。
「そして、私の経歴についてもお話ししておきましょう」
(溜めた。手は開いている。掌打?)
「私は銀誓館に来るまでは、ずっと無手でリビングデッドを送ってきた」
(重心が移動する。ああ、完璧だ。まだまだ練達が足りないなあ俺)
「我流ではありますが。私は拳士だったのですよ」
(何だ、驕っていたのは自分の方じゃないか。何も、知らなかった)
"亡霊"は綺麗な弧を描き、雲が晴れ光差す空を舞った。
++++++
「暫くはこうした無手での死合から離れていましてね。久しぶりなのでなかなか体が動かない。まさかこれで壊れたとは言いませんよね」
呼吸は問題ない。打撃を受けた胸部の骨は全て折れているだろう。だが致命傷ではない……骨が心臓に刺さるとか、その手の考えは今は後だ。……"彼女"の姉は、心の臓が止まってなお戦い抜いたのだから。跳ね起きろ、効いてないと笑って見せろ。
「カ、ハ。細い割に、随分なのを持ってるじゃねえかよ」
鮮やかなヘッドスプリングで立ち上がった"亡霊"を見て、心から安心した笑顔を"宗主"は浮かべる。ブレの無い歩法でゆっくり間合いを詰め、そのまま前蹴りで鳩尾を抉った。
「随分鍛えましたからねえ。我流なので、貴方のように師について修行できなかったことが心残りです。生きてますか?」
見えない。何をされたかまでは理解できる。鳩尾に刺さるような打撃が入ったことは認識できる。無手開掌の相手である事と、間合い。この打撃は間違いなく蹴りのものだ。それも自分の知らない流派……ああ、そうか、空手だ。これは日本の格闘技だ。道理で。
「鳩尾には入れましたが、まさかこの程度で音を上げたりはしませんよね?まだ始まったばかりなのですから、少しは粘っていただかないと」
"宗主"は淡々と"亡霊"の左足首を踏み抜いた。何かが砕けた音。あらぬ方を向く足首。痛みだけで十分失神可能な、人体破壊行為。それをもたらした存在は、ただ様子を見ている。まるで子供が虫をいたぶるかのように、見ている。
「あ……ア………あ………」
呼吸が戻らない。どうやら左足首を砕かれたようだが、それ以上にキツいこの呼吸困難が痛みを和らげてくれている。有難い事だ。そんな訳ねェだろ。
「……これで終わりですか?これで?」
不思議そうな顔をしている。自分がどれだけの物持ってるのか認識できてねェのかこの眼鏡は。お蔭様でこちらはこのまま死んじまいそうなんだ。
+++++
「いくらなんでも、呆気なさ過ぎますよ。五分といいましたが、まさか時間が余るなんて」
もう少しだけそうしていてくれないかなあ。後五秒でいいんだけど。
「待ちましょう。そうですね、五秒。それだけ待ちます」
今度は本当に礼を言いたい気分だ。有難く甘えるとしようじゃないか。
「それでも立てなかったら」
殺すんだろう。いちいち言わなくてもいいよ、分かってるから。
「止めを刺しますので、それでもよろしければ寝ていてください」
ほら見ろ。初めからそうするつもりなんだからいちいち御託並べんな。これだから日本人は。
「……此処なら、巻き込まれることはないでしょうが」
巻き込まれる?小声のつもりだろうが、しっかり聞こえてるぜ?
「……駄目でしたか。それでは、お別れです」
「せっかちナ男、嫌われルヨ♪」
初撃で手放したモーゼルの逆手、未だ握っていた手斧。
"亡霊"の刃は、炎を纏って白き暴君の顔面に放たれた。
+++++
「……まあ、そう上手くいくとも思っちゃいかなかったけどな」
砕けた左足首をもいとわず、軽快に跳ね起きる"亡霊"。
彼が放った炎の手投げ斧は、"宗主"の裏拳にて空しく弾かれた。
「せめて肩に刺さるとか、もう少しましな結果を期待していた」
その刃の残した疵は、"宗主"の顔につけたかすり傷のみ。
そこから流れるは、『銀色』の、血。
「……銀色。詠唱銀中毒末期、か」
人の温もりを示す赤さすらも消えた、銀色のそれを"宗主"は舐めとり。
鮫のように哂った。
「私の血を見たのはこれで三人目です。良かったですね、これで逝き先での土産話が出来たのでは?」
「じゃあついでに聞かせろ。これから何が起こる」
"宗主"は事も無げに言い放った。
「ええ、向こうにいるレジスタンスたちを巻き込んで大規模な爆発事故が起こります」
頭に過ぎる文殊菩薩(マンジュシュリー)の顔。
"青の偶像"の朗らかな笑顔。
いけない、逃げろ、小姐。
その一瞬、意識が目の前の敵から離れてしまった。
太陽の光が、"亡霊"を迷わせた。
"宗主"にとって、それだけの時間で十分であった。
「貴方、今、戦いを止めましたね?」
意識を戻した時にはもう遅く、"宗主"が『構えている』その事実を認識するので精一杯であった。
「40%。貴方への報酬です。苦しまずに死ねる事、それを感謝して」
あの拳の握り。
呼吸。
構え。
流派青龍、基にして奥。
龍顎拳。
「死ね」
"亡霊"の心臓は、打ち抜かれた。
+++++
レギオンによる大規模爆発……恐らくは、粉塵爆発の応用……による地震と砂塵。教主親衛隊の死体が砂に紛れ、乾き始めた頃。ゆっくりと起き上がる、影一つ。
「……ぷはー、死ぬかと思タヨ♪」
よろり、と"亡霊"は起き上がった。痛い。物凄く、痛い。アキレス腱ごと左足首を砕かれているのだ、第一世代能力者でなければ、このまま昏倒していただろう。
「……ひー、ふー、みー……六枚。やー、これだけあっても心臓止まるかと思タネ♪」
こそぎ取られた反能力衝撃吸収材。"宗主"の初弾で吹き飛んだ先が親衛隊の死体でなければ、恐らくは命運尽きていただろう。凌駕は地力のみでは叶わず、地運・天運まで身に付けてこそ為せる奇跡。最後の最後、彼を救ったのは……マフィアとして生きた生存本能であった。
「……マフィア舐めるんじゃねえよ、"宗主"」
曇天の空は、徐々に晴れつつある。
愛すべき太陽を守る"亡霊"を照らそうとするかのように。
+++++
未だかつて無いレベルの無謀な宣言……少なくとも、それを受けた相手を知る人間にとっては……を聞いた"宗主"は、とても楽しそうに、哂う。
「……なるほど。私の首を、ですか。」
愛用の戦槌はいつの間にかその手から消え失せ、徒手空拳となっている。何かを確かめるように指を鳴らし、一度拳を固め、またゆっくりと開掌した。
「……五分差し上げましょう。その間は一切の詠唱兵器は使いません。恐らくこれが貴方にとって最初で最後のチャンスだ……全ての功夫でもって、殺しにくればいい」
"亡霊"の顔から笑みが消えた。この期に及んで、目の前の白い悪魔はまるでこの状況を遊びとしか捉えていない。こちらは愛用の獲物が二つ、一張羅のスーツにネクタイ、ご機嫌なサングラスまでついている。ぱっと見只の三下のように見えるが、こう見えても『特区』で"鉄火姐"と共に義を徹す『侠』として生きる能力者である。早々遅れは取らぬ、"宗主"を前にしてなおそこまでの心を保っていた。
「……何をしているのです。先ほどから言っている通り、時間が無いのですよ」
「ハハ、ハ。流石ネ、"宗主"サンはジョークも上手いカ」
練り上げた功夫は男に縮地術を与えた。
一呼吸で迷わずに目の前の愚か者に接敵した義侠は、躊躇わず手にしたモーゼルを心臓に突きつける。気の利いた台詞は不要。ただ人差し指を引いて、ありったけの銃弾で自らの驕りを分からせてやればいい。小姐、愛しき人、見よ、狂った白夜は今終わる。
その人差し指は動かなかった。
「……まず基本を教えておきます。銃は遠くで撃つものだ」
引き金には既に"宗主"の指がかかっていた。詠唱銃もまた銃、引き金が引けぬならばただの詠唱銀が凝固したものに過ぎないことは"亡霊"も十分に理解していた。積み上げた功夫と潜ってきた修羅場の経験が、次に自身の身に何が起きるかをうんざりするほど明確に示唆する。気を練らなければ。来る。矛が、心の臓を狙って、来る。
「そして、私の経歴についてもお話ししておきましょう」
(溜めた。手は開いている。掌打?)
「私は銀誓館に来るまでは、ずっと無手でリビングデッドを送ってきた」
(重心が移動する。ああ、完璧だ。まだまだ練達が足りないなあ俺)
「我流ではありますが。私は拳士だったのですよ」
(何だ、驕っていたのは自分の方じゃないか。何も、知らなかった)
"亡霊"は綺麗な弧を描き、雲が晴れ光差す空を舞った。
++++++
「暫くはこうした無手での死合から離れていましてね。久しぶりなのでなかなか体が動かない。まさかこれで壊れたとは言いませんよね」
呼吸は問題ない。打撃を受けた胸部の骨は全て折れているだろう。だが致命傷ではない……骨が心臓に刺さるとか、その手の考えは今は後だ。……"彼女"の姉は、心の臓が止まってなお戦い抜いたのだから。跳ね起きろ、効いてないと笑って見せろ。
「カ、ハ。細い割に、随分なのを持ってるじゃねえかよ」
鮮やかなヘッドスプリングで立ち上がった"亡霊"を見て、心から安心した笑顔を"宗主"は浮かべる。ブレの無い歩法でゆっくり間合いを詰め、そのまま前蹴りで鳩尾を抉った。
「随分鍛えましたからねえ。我流なので、貴方のように師について修行できなかったことが心残りです。生きてますか?」
見えない。何をされたかまでは理解できる。鳩尾に刺さるような打撃が入ったことは認識できる。無手開掌の相手である事と、間合い。この打撃は間違いなく蹴りのものだ。それも自分の知らない流派……ああ、そうか、空手だ。これは日本の格闘技だ。道理で。
「鳩尾には入れましたが、まさかこの程度で音を上げたりはしませんよね?まだ始まったばかりなのですから、少しは粘っていただかないと」
"宗主"は淡々と"亡霊"の左足首を踏み抜いた。何かが砕けた音。あらぬ方を向く足首。痛みだけで十分失神可能な、人体破壊行為。それをもたらした存在は、ただ様子を見ている。まるで子供が虫をいたぶるかのように、見ている。
「あ……ア………あ………」
呼吸が戻らない。どうやら左足首を砕かれたようだが、それ以上にキツいこの呼吸困難が痛みを和らげてくれている。有難い事だ。そんな訳ねェだろ。
「……これで終わりですか?これで?」
不思議そうな顔をしている。自分がどれだけの物持ってるのか認識できてねェのかこの眼鏡は。お蔭様でこちらはこのまま死んじまいそうなんだ。
+++++
「いくらなんでも、呆気なさ過ぎますよ。五分といいましたが、まさか時間が余るなんて」
もう少しだけそうしていてくれないかなあ。後五秒でいいんだけど。
「待ちましょう。そうですね、五秒。それだけ待ちます」
今度は本当に礼を言いたい気分だ。有難く甘えるとしようじゃないか。
「それでも立てなかったら」
殺すんだろう。いちいち言わなくてもいいよ、分かってるから。
「止めを刺しますので、それでもよろしければ寝ていてください」
ほら見ろ。初めからそうするつもりなんだからいちいち御託並べんな。これだから日本人は。
「……此処なら、巻き込まれることはないでしょうが」
巻き込まれる?小声のつもりだろうが、しっかり聞こえてるぜ?
「……駄目でしたか。それでは、お別れです」
「せっかちナ男、嫌われルヨ♪」
初撃で手放したモーゼルの逆手、未だ握っていた手斧。
"亡霊"の刃は、炎を纏って白き暴君の顔面に放たれた。
+++++
「……まあ、そう上手くいくとも思っちゃいかなかったけどな」
砕けた左足首をもいとわず、軽快に跳ね起きる"亡霊"。
彼が放った炎の手投げ斧は、"宗主"の裏拳にて空しく弾かれた。
「せめて肩に刺さるとか、もう少しましな結果を期待していた」
その刃の残した疵は、"宗主"の顔につけたかすり傷のみ。
そこから流れるは、『銀色』の、血。
「……銀色。詠唱銀中毒末期、か」
人の温もりを示す赤さすらも消えた、銀色のそれを"宗主"は舐めとり。
鮫のように哂った。
「私の血を見たのはこれで三人目です。良かったですね、これで逝き先での土産話が出来たのでは?」
「じゃあついでに聞かせろ。これから何が起こる」
"宗主"は事も無げに言い放った。
「ええ、向こうにいるレジスタンスたちを巻き込んで大規模な爆発事故が起こります」
頭に過ぎる文殊菩薩(マンジュシュリー)の顔。
"青の偶像"の朗らかな笑顔。
いけない、逃げろ、小姐。
その一瞬、意識が目の前の敵から離れてしまった。
太陽の光が、"亡霊"を迷わせた。
"宗主"にとって、それだけの時間で十分であった。
「貴方、今、戦いを止めましたね?」
意識を戻した時にはもう遅く、"宗主"が『構えている』その事実を認識するので精一杯であった。
「40%。貴方への報酬です。苦しまずに死ねる事、それを感謝して」
あの拳の握り。
呼吸。
構え。
流派青龍、基にして奥。
龍顎拳。
「死ね」
"亡霊"の心臓は、打ち抜かれた。
+++++
レギオンによる大規模爆発……恐らくは、粉塵爆発の応用……による地震と砂塵。教主親衛隊の死体が砂に紛れ、乾き始めた頃。ゆっくりと起き上がる、影一つ。
「……ぷはー、死ぬかと思タヨ♪」
よろり、と"亡霊"は起き上がった。痛い。物凄く、痛い。アキレス腱ごと左足首を砕かれているのだ、第一世代能力者でなければ、このまま昏倒していただろう。
「……ひー、ふー、みー……六枚。やー、これだけあっても心臓止まるかと思タネ♪」
こそぎ取られた反能力衝撃吸収材。"宗主"の初弾で吹き飛んだ先が親衛隊の死体でなければ、恐らくは命運尽きていただろう。凌駕は地力のみでは叶わず、地運・天運まで身に付けてこそ為せる奇跡。最後の最後、彼を救ったのは……マフィアとして生きた生存本能であった。
「……マフィア舐めるんじゃねえよ、"宗主"」
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