あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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蝙蝠が去った後、薬の効果が回り始めるまでおおよそ五時間を必要とした。西日が"宗主"の部屋を射した頃、『そろそろ来るであろう』通信がデスクの上に置かれた端末に届く。
「メガメガネー様、"銅"でございますよー」
ユイガハマに向かった、"銅"からであった。
掻き毟った胸に包帯を巻いて、いつもの椅子にゆったりと腰掛ける。煙草に火をつけそれが半分燃え尽きるまで楽しむ。その間も"銅"はいつもの調子で喋り続けている。いつも通り。彼が最も愛する『いつも通り』の時間。
「……というわけで、今とっても大変なことになってるのです。聞いてますか、この鬼畜眼鏡様」
「申し訳ない、最初から纏めてもらえませんか」
傍から見れば実にくだらないやり取りであり、実際それは彼らにとってはくだらないものであった。この鎌倉特区において、人が死ぬなど大したことではない。敵、味方、他人、その他人にとっての誰か、皆同じように逝く。1が10であろうと、10が100であろうと、それはどうでもいいことであった。ただ後に記録が残るのみ。
「はいはい、じゃあ三行どころか一行で纏めますね……奴が罠にかかりました」
#####
オオマチエリア、沿岸。"祈らず"は、困った笑顔でその女を見ていた。
「……うーん。僕はあまりそちらの事について詳しくはないのだけど」
晴れていたはずの空は、いつの間にかすっかり曇っている。目の前には美しい肌をローブに包んだ、女が一人。
「その、あまりじっくり見るのも申し訳ないんで、勘弁してほしいんだけどね」
空を覆う『雲のようなもの』は、よく見れば『意図』を持って動く獣のように見え。
「……お姉さんか、妹さん……というよりも、そっくりだし。双子だった、のかな?」
"祈らず"は、既にチェックメイト済のこの状況においても未だ笑顔を保っている。丘が決死の覚悟で『今喰い止めているはずの』災厄を前にしても、なお。何故目の前に彼女が居るのか、怪我一つない美しい姿を維持できているのか。あの忍者の腕は決して悪くない。敵わずとも、手傷の一つは負っていないはずはない。色々な疑問符が浮かぶけれど、今はそれよりも目の前にある『事実』を受け入れる必要がある。だから、彼は、笑顔でいる。
「私の 可愛い 御花」
『雲のようなもの』から何かが飛び出し、"祈らず"の頬を切り裂いた。
「摘まれた 丘くんに」
"嵐公女"の声は震えている。
「はじくん どこ」
長い沈黙の後、"祈らず"は諦めたように、背後に居る子供たちに告げた。
「みんな、ごめんね。僕一人では無理だ」
#####
デスクにある端末は既に立ち上がっており、一つの詳細データをモニタに映していた。必要なアプリケーションにセッティング、全てがいつでも活動を行える状態に整っている。教団において唯一"宗主"の深部まで踏み込んだ、蝙蝠の気遣いであった。
そのテキストファイルは、一つの記録。誰かと誰かが殺しあった全てが文字となって収められている。開戦から誰がどのくらいの損害を受け、結果どのような事象を呼んだか。そして、誰が最後に立っていたか。微細なところまで全てが綴られている。
「それにしてもメガメガネー様、正直危なかったですよ?私があの時、あの悪いツインテをひきつけてなかったらどうなっていたことかー」
通信を無視し、記録を読み進める。『その相手』が死に瀕した時、何が起きたかを綴った部分をじっくり読み直す。くつくつと、笑いがこぼれる。笑いを収めようとしても、どうしても声に出てしまう。やがて"宗主"は、狂ったように笑い声をあげた。通信の向こうでは溜息が一つ洩れたようではあるが、その相手に気づかれることはないだろう。
「二度目だ!あの人がそんな目に遭うなんて、二度目ですよ!素晴らしい!何故私はそんな逸材を見過ごしていたんだ!全くもって自分に呆れてしまう!」
「じゃあ引き抜きます?」
勿体無い、と端末の向こうに聞こえぬように呟き、彼は上着を羽織って私室を出た。
#####
その子供たちは、突然変異的に能力を持って生まれてきた。鎌倉が特区と呼ばれる前に存在した第一世代能力者、それと同様の力が彼らには備わっていた。実質、鎌倉において『廃屋』と並ぶ可能性を持った集団であったことは間違いない。数、質、可能性、共に十分だった。このまま彼らが生き延びたなら、きっと、この悪夢は終わったかもしれない。そう思うに十分な、精鋭となりえる者達であった。
それを率いる"祈らず"は、彼らに比べその力は明らかに劣っている。だが、彼の下に居る子供たちは誰一人として彼への恩義を忘れることはなかった。自らの命が今まで誰に護られてきたか、刈り取られるはずだった芽を誰が育てたのかを知っているから。
だから、彼らは、一切の躊躇はしない。初弾は鋼の糸の煌きであった。
「僕たちを甘くみないでほしい」
次いで炎弾、雷撃、銃撃、斬撃、音波、気弾、鈍器、思念。おおよそこの鎌倉で想定しうるあらゆる害意、それが形となって目の前に迫る嵐を止めようと襲い掛かった。
「私たちは、一度死んでいるの」
「こわくないよ!だって、ととさまのためだもの!」
「止めてみろよ。俺たちは一人じゃない」
「こうたねーちゃんがいなくたって、がんばれるもん!」
子供たちの世話役であった"ムーンライズ"は今この場に居ない。斥候のためこの場を離れていたのだ。もし彼女が居たならば、一体どのような結末になっただろうか。
#####
教団指令室。
其処では、ユイガハマとオオマチで起きている全てをモニタしていた。
「……状況を」
「"嵐公女"、沈黙しました」
こともなげに、通信兵は返答した。
「……"休眠地点でのバックアップは"何処まで進んでいましたか?」
"宗主"は、指令室のモニタを眺めながらぼんやりと問う。それへの返答として、『ちょうど人一人潜れる程度の穴』が新たに映し出される…カマクラヤマ・エリアを示すモニタに。
「おおよそ八割。覚醒後の能力調整も計算すると、もう少し機能は落ちるかと」
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オオマチに、雨が降り始めた。
「メガメガネー様、"銅"でございますよー」
ユイガハマに向かった、"銅"からであった。
掻き毟った胸に包帯を巻いて、いつもの椅子にゆったりと腰掛ける。煙草に火をつけそれが半分燃え尽きるまで楽しむ。その間も"銅"はいつもの調子で喋り続けている。いつも通り。彼が最も愛する『いつも通り』の時間。
「……というわけで、今とっても大変なことになってるのです。聞いてますか、この鬼畜眼鏡様」
「申し訳ない、最初から纏めてもらえませんか」
傍から見れば実にくだらないやり取りであり、実際それは彼らにとってはくだらないものであった。この鎌倉特区において、人が死ぬなど大したことではない。敵、味方、他人、その他人にとっての誰か、皆同じように逝く。1が10であろうと、10が100であろうと、それはどうでもいいことであった。ただ後に記録が残るのみ。
「はいはい、じゃあ三行どころか一行で纏めますね……奴が罠にかかりました」
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オオマチエリア、沿岸。"祈らず"は、困った笑顔でその女を見ていた。
「……うーん。僕はあまりそちらの事について詳しくはないのだけど」
晴れていたはずの空は、いつの間にかすっかり曇っている。目の前には美しい肌をローブに包んだ、女が一人。
「その、あまりじっくり見るのも申し訳ないんで、勘弁してほしいんだけどね」
空を覆う『雲のようなもの』は、よく見れば『意図』を持って動く獣のように見え。
「……お姉さんか、妹さん……というよりも、そっくりだし。双子だった、のかな?」
"祈らず"は、既にチェックメイト済のこの状況においても未だ笑顔を保っている。丘が決死の覚悟で『今喰い止めているはずの』災厄を前にしても、なお。何故目の前に彼女が居るのか、怪我一つない美しい姿を維持できているのか。あの忍者の腕は決して悪くない。敵わずとも、手傷の一つは負っていないはずはない。色々な疑問符が浮かぶけれど、今はそれよりも目の前にある『事実』を受け入れる必要がある。だから、彼は、笑顔でいる。
「私の 可愛い 御花」
『雲のようなもの』から何かが飛び出し、"祈らず"の頬を切り裂いた。
「摘まれた 丘くんに」
"嵐公女"の声は震えている。
「はじくん どこ」
長い沈黙の後、"祈らず"は諦めたように、背後に居る子供たちに告げた。
「みんな、ごめんね。僕一人では無理だ」
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デスクにある端末は既に立ち上がっており、一つの詳細データをモニタに映していた。必要なアプリケーションにセッティング、全てがいつでも活動を行える状態に整っている。教団において唯一"宗主"の深部まで踏み込んだ、蝙蝠の気遣いであった。
そのテキストファイルは、一つの記録。誰かと誰かが殺しあった全てが文字となって収められている。開戦から誰がどのくらいの損害を受け、結果どのような事象を呼んだか。そして、誰が最後に立っていたか。微細なところまで全てが綴られている。
「それにしてもメガメガネー様、正直危なかったですよ?私があの時、あの悪いツインテをひきつけてなかったらどうなっていたことかー」
通信を無視し、記録を読み進める。『その相手』が死に瀕した時、何が起きたかを綴った部分をじっくり読み直す。くつくつと、笑いがこぼれる。笑いを収めようとしても、どうしても声に出てしまう。やがて"宗主"は、狂ったように笑い声をあげた。通信の向こうでは溜息が一つ洩れたようではあるが、その相手に気づかれることはないだろう。
「二度目だ!あの人がそんな目に遭うなんて、二度目ですよ!素晴らしい!何故私はそんな逸材を見過ごしていたんだ!全くもって自分に呆れてしまう!」
「じゃあ引き抜きます?」
勿体無い、と端末の向こうに聞こえぬように呟き、彼は上着を羽織って私室を出た。
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その子供たちは、突然変異的に能力を持って生まれてきた。鎌倉が特区と呼ばれる前に存在した第一世代能力者、それと同様の力が彼らには備わっていた。実質、鎌倉において『廃屋』と並ぶ可能性を持った集団であったことは間違いない。数、質、可能性、共に十分だった。このまま彼らが生き延びたなら、きっと、この悪夢は終わったかもしれない。そう思うに十分な、精鋭となりえる者達であった。
それを率いる"祈らず"は、彼らに比べその力は明らかに劣っている。だが、彼の下に居る子供たちは誰一人として彼への恩義を忘れることはなかった。自らの命が今まで誰に護られてきたか、刈り取られるはずだった芽を誰が育てたのかを知っているから。
だから、彼らは、一切の躊躇はしない。初弾は鋼の糸の煌きであった。
「僕たちを甘くみないでほしい」
次いで炎弾、雷撃、銃撃、斬撃、音波、気弾、鈍器、思念。おおよそこの鎌倉で想定しうるあらゆる害意、それが形となって目の前に迫る嵐を止めようと襲い掛かった。
「私たちは、一度死んでいるの」
「こわくないよ!だって、ととさまのためだもの!」
「止めてみろよ。俺たちは一人じゃない」
「こうたねーちゃんがいなくたって、がんばれるもん!」
子供たちの世話役であった"ムーンライズ"は今この場に居ない。斥候のためこの場を離れていたのだ。もし彼女が居たならば、一体どのような結末になっただろうか。
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教団指令室。
其処では、ユイガハマとオオマチで起きている全てをモニタしていた。
「……状況を」
「"嵐公女"、沈黙しました」
こともなげに、通信兵は返答した。
「……"休眠地点でのバックアップは"何処まで進んでいましたか?」
"宗主"は、指令室のモニタを眺めながらぼんやりと問う。それへの返答として、『ちょうど人一人潜れる程度の穴』が新たに映し出される…カマクラヤマ・エリアを示すモニタに。
「おおよそ八割。覚醒後の能力調整も計算すると、もう少し機能は落ちるかと」
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オオマチに、雨が降り始めた。
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