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度重なる戦争での犠牲、世界結界崩壊、戦友の死…
積み重なった「心の負荷」が、心を崩すほど決壊したきっかけは、
『依存』に近いほど慕っていた兄の死と、自分がゴーストと化した彼を屠った事実。
人によっては案外軽いその事柄は、負荷を背負ったままの優しすぎる【鷹】には重すぎた。
『兄』が引き連れていたゴーストたちを一人で殲滅させ…彼の心も崩壊した。
『里』の忍びによって秘密裏に回収された彼は、以後数年を長の屋敷の地下牢で過ごす。
治る見込みを見出されなかった彼は、里そのものからも『亡き者』にされる。
だが、実祖父である里長の情とそれまでの功績、そして万が一の可能性を考え、政府には『始末し、鬼籍に入れた』と報告しつつも、地下牢に匿うように【鷹】は入れられた。
『鬼籍』にはいり、受動的に食べ物を食べ、感じることも声を上げることもなく、ただ『生きる』日々…『だった』。
数年後…20XX年
某所山奥…【蓮碧の里】
…夜、地下座敷牢
【鷹】は、ぼんやりと頭上にある鉄格子から降り注ぐ月光を見上げていた。
もはや、何度その月光を見たのか、どれほどの夜を迎えたのか…その光が【月光】と呼ばれることすらも感じず。
…そのとき、不意に《波》を『感じた』。
《波》の意味が、原因がなんなのかはわからない。
ただ、確かに、『感じた』。
何も感じないはずの【鷹】の中に。
その次の瞬間、真っ白だった頭にあふれ出したのは、【壊れる前】の日々の記憶。
つらい【戦争】のあと、重傷者を気遣いながらはしゃいだ祝賀会
休み終盤やテスト期間中に見られた、平穏ながら切羽詰った風景
生徒全般が笑顔になった、さまざまな催しや活動があった学校行事
黙示録で好成績が出たときにこぼれた、チーム仲間の笑顔…
【鷹】は『思った』。
白かったはずの頭に、記憶という《光》が戻ってきて、『思った』。
「…いんなり…あいらい…」
長い間使われなく、回らなくなった舌が動き、言葉をつむいだ。
――…皆に、会いたい…――
…同時刻、屋敷内。
村の大人と里長…【鷹】の実祖父が円を囲んで会議を行っている。
議題は…
「長、そろそろ決めないといけないんじゃないか?」
「…うむ…」
「何時までも『政府』から隠しきれるものじゃないし、何より治る見込みが無いものを秘密裏に養っていく必要がこれ以上あるのかどうか…。」
大人たちの口から漏れるのは、【鷹】をどうすることか。
ほとんどの大人の口からは『もう本当に始末してしまおう』という意見が出、反対という表情をしている少数の大人も、実際いい案が浮かばず口をつぐんだままになっている。
里長は感じていた。
【鷹】に関する里の男衆全体の不満が高まっていることを。
これ以上、【鷹】に対して保護しきれないことを。
…決断は…
「…わかった。『傲廉』は近日中、遅くとも2~3日中に消えてもらうこととする。」
一瞬の沈黙のあと、場がざわめく。
大多数の大人は安堵の息を吐き、
幾人かは戸惑い、同じ表情の大人とささやきあい、
幾人かは信じられないといったように里長を見た。
里長は、自分自身が本当は納得できていないように、苦虫をかんだ顔をしていた。
…その瞬間。
「た、大変だ!!!」
男が一人、会議の場に飛び込んできた。
今日の【鷹】へのお膳当番の男だ。
「どうした!?」
「ご、傲廉が…座敷牢にいない!!」
「「何ぃ!?」」
場が一気に慌しくなり、座り込んでいた大人たちが全員立ち上がり、あちらこちらへと走り回り始める。
里長は信じられないという顔をしたが、すぐ思い立つと自室に駆け込む様に戻った。
忍びからくりの隠し戸の奥に仕舞われた、古いタイプの金庫。
カチャカチャとダイヤルを回して開けたその中にあったのは、一枚のカード…
政府に【鷹】の始末の報告をした際、「消失した」と偽ってまで形見として残そうとした、
【鷹】の相方…【斬羽ノ鷹】の銘を持つ燕刃刀の入った「イグニッションカード」だった。
もう一枚のカードと共に袂に持ち、足早に自室を出た里親は、自分の目で「信じられないもの」を見た。
格子の隙間から差し込むのとは違う、全面的な月光。
それを浴びるように、少しよろけた足取りで庭先に立っていたのは…
「…傲、廉…」
息を呑み、呼びかける。
…【鷹】は、懐かしい声とでもいうように振り向いた。
どれほど呼びかけても反応すらしなかった【鷹】が、自分の方を向いた。
その目には、半場ながらも意思の『光』が宿っていた。
「…いっへ、ふる。」
回らない舌でつむがれた言葉は、それでもしっかりと「行ってくる」と取れた。
「ど、どこへ…」
問おうと思った里長は、【鷹】が視線を向けた方角を見て気づいた。
その方向は、長期休みが明けたあと、必ず【鷹】が向かう先。
全てが始まり、そして今は全てが終わった場所。
【封鎖特区・鎌倉】の方向
「…傲廉、これを持っていけ。」
里長は持っていたカードを【鷹】に差し出す。
一枚はイグニッションカード。もう一つは…彼が【学生】のときに愛用していた、戦闘服。
「気をつけていっておいで。『友達』に会いに行くのだろう?」
落ち着いた里長は…【鷹】の祖父は、優しい『孫』が何を望んでいるのか理解した。
「…あいあおう」
受け取って【鷹】が発した言葉は、笑顔と伴ってきちんと『お礼』に聞こえた。
【鷹】は、戦闘服のカードを【起動】させて、それまで来ていた着流しから姿を変える。
ハイネックの黒シャツに緑のベスト、両腕には白いバンテージテープ…
崩されていた髪は天に向かうよう立てられ、表情と以前より痩躯になった以外は『あの頃』と同じになった。
「…いっれ、きます。」
そういって里長に会釈すると、【鷹】はその場から掻き消えた。
…正確には、掻き消えるように高スピードで跳んでいったのだ。
…誰もいなくなった庭。
月の先に【鷹】を見るように、長老は見送っていた。
【鷹】を探す周りの喧騒が、遠くに聞こえていた。
【20XX年 封鎖特区 鎌倉】
始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
「蓮碧の里」の里長が【隠蔽罪】と【管理不行き届き】もろもろの余罪追求、里そのものに政府の家宅捜索が入った朝…
【鷹】は、すでに『鎌倉』の地を踏んでいた。
忍びの潜入能力と鋭敏感覚を駆使し、誰にも気づかれることなく荒廃した懐かしい場所の地を踏む。
「……」
まだ空ろながら元来の鋭さを取り戻した目が見据える先には
導かれる様に足を進めるその先には
悲しい戦いが起こっている『エノシマ・エリア』西方。
…皮肉にも、彼がその『エノシマエリア』に足を踏み入れたのは、
運命の爆発が起きる、ほんの20分前だった。
……優しいがゆえに朽ち、優しいがために再び舞い上がった【鷹】……
…彼はまだ、「会いたい戦友(とも)」達が、本気で憎しみを持って刃を向けあっていることを知らない。