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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【IF Another despair】対岸の宴

20××年。
ある夜の始まり。

始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず。
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。

そんな『封鎖特区・鎌倉』のほど近くにある巨大イベントホール、通称・横浜スーパーアリーナ。
そこでは、毎年、夏の終わりの恒例となっているイベント。
日本最大にして、唯一の大規模屋内テクノレイヴ『WARE』が開催されていた。

「TECHNO NIGHHHHHHHHHHHHHHHHT――――――――!!!!!!!!!!」

王河見環は、一万人以上の大観衆の前でマイクを掴み、そう叫んでいた。
見環の後ろの一段高くなっているテーブルの上では、女性DJが、二つの円卓の間にあるミキサーをいじっている。
客席は、ただ、見環の絶叫に、意味も無く高揚し、熱く、熱くなっていった。

カラフルな照明、レーザー光線、密室感。
繰り返される金属音のリズムに。重厚なベースがコードをなぞる。
DJがテーブルに置かれた機材のパッドを叩くたび、現れる加工された声。
そして、電子音。電子音。電子音。

見環はただ、DJの登場を客席に伝え。
しばしの間、体を揺らして、オーディエンスを煽る。

青いフレームのメガネ。
まるまると太った体。そして、脂肪から見える筋肉の存在。
ただ、くすんだ金に染められ、ウェーブパーマを掛けた髪以外。
見た目は、昔と何も変わっていなかった。

ステージの上で、円卓を回すワケでも無く。
歌を唄うワケでも無い。

しかし、見環が飛び跳ねながら、『もっと盛り上がれ』とばかりに腕を上下に動かすと。
フロアは、今までの三倍増しほどの歓声があがる。

それが、この場での、見環の仕事だった。

タイミングを同じくして、DJが盛り上がる曲へとプレイを展開していく。
頃合いを見て、見環はステージから掃けていった。


◆  ◆  ◆


「……………………」

フロアの音が微かに聞こえてくる楽屋。
そこで見環はノートPCからインターネットをチェックしていた。
朝まで続くこのレイヴで。出番の無い時は、大体、楽屋でネットやメールをしているか、自分もフロアに降りているか、だった。
しかし、見環の目は、そんなお祭り騒ぎとはかけ離れた、真剣な目でモニターを見つめていた。

「見環ちゃん?」
「……!」

突然、聞き覚えのある男の声に名前を呼ばれた。
見環は思わず、声が聞こえた方向に向き直る。
声を掛けたのは、このレイヴの主催者であり。50代半ばに差し掛かっても、今なお第一線で活躍を続けている、日本一のテクノマエストロだった。
まさか、自分が知り合いになれるなど、学生の頃には考えもしなかった大物である。

「ふふ、何でも無いわよ~」
「ふ~ん…………『特区』の事かい?」
「!!」

見環が、ノートPCを何事も無かったように閉める。
しかし、男は、いとも簡単に見環の考えていた事を見破った。男もまた、その筋の事についての事情通であった。

「……昔の親友が、『特区』に行くみたいなのよね」

見環は、一瞬、『むー』とした顔をして、コクリと頷いた。
ネットで見環が調べていたもの。それは、アングラ掲示板に出回った、明らかに過去の盟友の事と思われる情報だった。

「見環ちゃん。……『自分も』って考えてるの?」

男の質問に、見環は、ほんの少しだけ考えた素振りを見せて、口を開く。

「……私は、行かないわよ」

それは、見環の偽らざる本音。
ただ、ほんの少し、その言葉には迷いが浮き出ていた。
言葉が、声帯を通って、口から外に出るのが重たい。
だから、見環は続けた。

「ていうか、正直ね。根本的に『戦い』って苦手なのよね~。
だから。『向こう』に行って、どう転んでも。『向こう』に私の居場所はないと思うわ。行きたくても行けないし、元々、行く気もない。そんなところかしらね」

全て、見環の偽らざる本音。
昔から変わらない、彼女のやり方。手法。

「それに……」
「それに?」
「今はもう、自分の居たい場所があるからね」

見環は、自分の足元を指でさして、ニヤっと笑う。

「…………はは」
「…………ふふふ」

その喉の奥の笑いが、すぐに大笑いに変わる。
それが、見環の全てを物語っていた。

だけど。

頭の中を巡るのは、あの頃の仲間達。
仲の良かった人、知っているだけだった人、どうにも好かなかった人。
そして、今、ここにある現実は多分、あの頃の『最悪の未来』だった。
皆、あの場所へ行ってしまう。
それは、きっと、能力者の磁場。能力者の本能。能力者の運命(さだめ)。

だから……。

不意に、遠くから聞こえた騒がしさが、見環の思考を切る。

「……って、音が大きくなったって事は、そろそろ出番かしらね?」
「みたいだね。セカンドステージ」

見環は、水の入ったペットボトルを手に取ると、楽屋の入り口に歩き出す。
その時。

「ちょっと、見環ちゃん」
「…………、何?」

男が、見環を呼び止めた。

「はい?」
「見環ちゃんは、どうして僕が毎年、この場所を選んでると思う?」
「…………この場所?」

確かに、ここ『横浜スーパーアリーナ』は十分な設備が整ったイベントホールだった。
しかし、同時に、あの『鎌倉』のすぐ側にある。
降り注ぐ銀の雨。すぐ側の無法地帯。そして、その他諸々の影響で。決して治安の良い場所でない事は、『鎌倉』の事さえ知っていれば、容易に想像が付く。
そんな場所で何万人もの客を集め、オールナイトイベントを行うのは、明らかに非常識であった。

「僕は、パーティーって『結界』みたいなものだと思うんだよ。
たくさんの人の『喜』を集めたらさ、それって、もの凄い力だと思うんだ。
それで、『喜』だけじゃどうしようもない事を『音』と『空間の造り』で埋める。それが、また『喜』を呼ぶ。そうする事によって、『悪い感情』・『念』を入り込めなくする。入り込んでも、かき消してしまう。
それって、十分に『結界』だと思うんだよね」
「確かに、そうね……」

見環は、キョトンとした顔で言った。

「じゃあ」
「じゃあ……?」
「何で、ここでやると思う」
「……あ」

見環は、何かが分かったかのように、目を見開く。

「何となくだけど。分かる気がするわ。
それって、…………『見せつける為』?」
「ははは。だから、見環ちゃん、盛り上げてきてね」

男は、ニッコリと笑うと、見環に向かって手を振った。
見環は、堪えきれずに、顔がほころんでしまう。

「ふふふ、勿論よ」

そう言って、見環は楽屋を後にした。


◆  ◆  ◆


ステージ袖。見環はマイクを握っていた。
あの、迷いは忘れていた。もう、頭のどこにも見当たらない。

そう。

ここが『最悪の未来』でも。
明日、いや一時間後に終末が来ても。
目の前に冷徹な結末しか無くても。

「……私がやる事はイツだって変わらないわよ」

ステージに飛び出す。
そこは。

カラフルな照明、レーザー光線、密室感。
繰り返される金属音のリズムに。重厚なベースがコードをなぞる。
DJがテーブルに置かれた機材のパッドを叩くたび、現れる加工された声。
そして。
電子音。電子音。電子音。


電子音。歓声。電子音。歓声。
電子音。歓声。電子音。歓声。電子音。歓声。


「戦うな命乞うな抗うな、今日は……」


電子音。歓声。電子音。歓声。
電子音。歓声。電子音。歓声。電子音。歓声。


「揺らせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――!!!!!!!!!!」



確かに、絶望しかなかった。



でも。このレイヴは、最後の『音楽(おと)』。
針がレコードから離れるノイズまで、盛り上がり続けたという。

【了】
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