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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【IF Another despair】王子様とラプンツェル

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】

始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。

エノシマ・エリア西部爆破から数ヶ月前のお話。

・・・・・・・

――封鎖特区・鎌倉には、幾つかの名所が存在するとされている。

例えば、特区内を当て所無く彷徨う自立移動型危険指定地域――“葬失”を始めとする
常識の埒外に存在する異常地帯の数々である。
迷所魔境は数あれど、実在を確認されている物はごく僅か。
その中で、この場所ほど有名でありまた特区住人が頻繁に足を運ぶ場所は無い。
一夜にして双子の電波塔が建てられた情報中継基地の廃墟。
人外魔人悪鬼外道が跋扈する特区において唯一の不可侵地帯――“コッペリアの柩”
別名をそのまま“電波塔”
電波塔の“乳草姫(ラプンツェル)”と呼ばれる、一人の娼婦の住処である。

・・・・・・・

中天に懸かる月は恥らうように、薄い雲間に姿を隠す。
風は恋人の頬を撫でるように優しく、眠りに落ちた街を渡ってゆく。
静かな夜だった。
穏やかな夜だった。
なのに、窓辺に腰掛ける男の眼は厳しく、太陽の昇る方角を睨み据えていた。
いずれ来る『明日』を憎悪するように東の空を串刺す視線は一つきり。
男は、隻眼だった。
「何を見ていらっしゃるの?」
たおやかな声。
窓から吹き込む風が静かに彼のマフラーを揺らす。
振り向きもしない男の傍に、いつの間にか彼女は立っていた。
丁寧に揃えられた豊かな黒髪はヴェールのように。
柔らかな弧を描く瞳はまるで幽かな月光を受けて煌くアメジスト。
処女雪を思わせる無垢肌の中、静かに微笑む唇だけが椿のように赤い。
扇情的な肢体を包む着物はだらしなく着崩されているが、それがまた彼女の纏う退廃的な妖艶さを引き立てていた。
正常な男なら、一目見ただけで背筋を撫でられたような甘い痺れを感じるだろう。
鮮やかに咲く深紫の花を思わせる少女が、そこにはいた。
彼女こそが“電波塔”の主――“乳草姫(ラプンツェル)”と呼ばれる存在であった。
「ねぇ、何を見ていらっしゃるの?」
良質のベルベットを思わせるソプラノの問いかけ。
それにも眉一つ動かさず、男は片方だけの瞳で虚空を見据え続ける。
もっとも、目深に被った黒いニット帽のせいで眉を動かしたかどうかすら窺えないのではあるが。
そんな男の態度に“ラプンツェル”は苦笑する。
そのまま、ごく自然な仕草で男のマフラーに手を伸ばし
「触るな」
短い、しかし灼熱した鋼のような制止に動きを止めた。
「俺に触るな」 
ただ空にだけ向けられていた男の隻眼が、ようやく彼女に向けられる。
静かに、けれど熱く。氷の中で燃える黒い炎のような瞳。
並大抵の人間であれば一睨みされただけで呼吸困難にまで陥るであろう、憎悪の視線。
それを向けられて、彼女は
「なぁんだ、聞こえていたのですね」
全然答えてくれないから聞こえてないのだと思いました、と笑った。
釣られたのだ、と理解した男は憮然と視線を逸らした。
そんな男の態度が微笑ましいのか、黒髪の少女はクスクスと笑いながら艶やかな衣装を翻す。
部屋の端、窓の反対側には安っぽいベッド据えられている。
そこまで歩いていって、彼女は見た目の簡素さとは裏腹に――彼女の職業を考えれば当然の事ではあるのだが――しっかりとクッションの効いたベッ ドに腰掛けた。猫のように背筋を伸ばして、つっかえのようについた手に体重を預ける。キシ、とスプリングが押し殺した悲鳴を上げた。そうすると、彼女の浮 かべる無邪気な笑みは嘘のように変化する。ただそれだけの仕草で、少女は滴るような色気を纏う。
陳腐な表現だが――少女は褥で女に変わる。
「ねぇ? たまにはゆっくりお休みになってはいかがですか?」
気遣うような女の言葉。
どんな媚薬よりも抗い難い誘惑に、やっぱり男は見向きもしない。
けれどまぁ、彼のそんな態度も彼女には慣れたもの。
その程度には、男はこの場所を訪れていた。
封鎖特区における唯一不可侵の場所。
それは、この特区を事実上支配している最大勢力『教団』から不倶戴天の最優先抹殺対象として手配されている彼には――“左利き(レフティ)”の名で呼ばれる彼には、この上なく都合の良い隠れ家であるのだから。


通信中継基地廃墟、通称“コッペリアの柩”
この場所が封鎖特区・鎌倉において「不可侵」などという途方も無い待遇を獲得しているのは、ひとえにこの少女――“電波塔の乳草姫”の存在あっての事である。
人々が最初に耳にするのは、その噂。
曰く、双子の電波塔には世にも美しき娼婦が棲む、と。
その噂を聞いた無法者達はこぞってその塔を訪れる。
どんな色狂いかは知らないが、愉しめるならば愉しませて貰おう。なに、代価などは気にならぬ。面倒であれば殺してしまえばそれで良い。それがこの特区における力有る者の権利であるが故に、と。
そうやって訪れる者達を、彼女はいつも微笑みで出迎えた。
ドス黒い欲望に塗れた獣達はその美しい獲物を引き裂くように蹂躙する。
そうして、醜く滾る情欲を、暴力と殺戮の日々の中で培った獣性を吐き散らしたその後に、彼らは知る。自分達の中のおぞましいものを慈しむように 受け入れるその微笑みに。享楽の道具としてしか扱わず、非道の限りを尽くした筈の自分の頬を撫でる白い手に。愛し子が母親にそうされるように抱きしめら れ、自分の名を囁くその声に込められた、この荒廃した時代の中で失ってしまったある『想い』に。
――嗚呼、自分はまだ人間だったのだ、と。
ある者は彼女を抱きしめたまま、子供のように泣きじゃくった。
ある者は聖者にそうするように、己の罪を洗い浚い懺悔した。
ある者は彼女の前に伏し、ただ許しを請い願った。
その全てを、彼女は静かに微笑み、受け入れた。
そして日が昇ると、男達は帰っていく。
殺戮の日々へ。暴力の日常へ。畜生の世界へと。
ただ一夜限りの平穏だけを胸に秘めて。
そうして一度彼女の許を訪れた者達は、必ずまたその“柩”に舞い戻る。
どんな美酒も敵わぬ天上の酔夢を求めて。
そんな事が繰り返され、彼女に救いを求める者は止(とど)まる事無く増えていった。
『教団』の教化部隊内に、政府から派遣された特殊部隊内に、野放図に日々を生き抜く能力者達の中に、『教団』の粛清に怯え震える特区住民の中に。 彼ら、或いは彼女らが互いを認め合う事は無い。それでも唯一つ、“電波塔の乳草姫(ラプンツェル)”を失いたくない、という共通の意志の下、彼らは同志 だった。
そして気付けば、暗黙の了解という不文律によって、この場所は不可侵となっていた。
ここは“コッペリアの柩”
通称を“電波塔”
畜生達が一夜限りの夢を得る平穏の揺り籠である。


「――だと言いますのに、貴方ときたらいつもいつもフラリと現れては軽い食事をお摂りになって、一人で眠って帰ってしまわれるのですもの。これでは私としてもこう、自分の魅力に自信がなくなってしまいます」
ほぅ、と彼女は溜息をつく。
頬に手を添えるいかにも気怠げな仕草は、人を責めるにはあまりに艶美すぎた。
なにより、その口調自体に責めようという意思が見受けられない。
どちらかと言えばからかう色の方が強かった。
それが判っているからか、それともそもそも聞き流しているのか、窓の外へと投げられた視線は戻らない。
「恥じる事はないのか、自分を」
振り向かないまま、彼は唐突に言った。
「ありえません」
背中越しの声に彼女は迷い無く答える。
風に向かって立つように、力強く微笑んで。
「私はワイン。踊り疲れた人形達に仄甘い夢を見せる一滴の葡萄酒。
それを誇りこそすれ、恥じた事などありません」 
振り向かないまま、彼は眉を顰めた。
彼女の生き方は、彼には理解できないものだ。踏み躙られ、搾取されるに甘んじる――それ自体は納得できる。それが力無き弱者の在り方だから。いつか、遠い昔の自分ならば義憤の一つも覚えたかも知れないけれど。
だが、それを誇るというのはどういう事だ。
抗う事を放棄するという事か。戦う事を諦めるという事か。
おそらく違う。
諦観とか自棄なんて感情では、あんな風には笑えない。
あの笑顔には、そんな弱さは感じない。
そう、どちらかと言うならばそれは――強さと呼ばれる種類のものだ。
「どうして、そんな風に笑える」
初めてこの場所を訪れた時からの疑問。
幾度となく足を運び、決して晴れなかった不理解を振り向かないまま投げかける。
そんな言葉に、彼女はやっぱり微笑んで

「それは勿論、愛しているからです」

事も無げに言い切った。
今度こそ、“左利き”は振り向いた。
隻眼を軽く見開いて、涼やかに笑う女を凝視する。
「今、何と言った?」
「愛しているから、と申し上げました」
「誰を?」
「私の許を訪れる全ての人を、です」
くすくす、と楽しげに。
“乳草姫(ラプンツェル)”は微笑んだ。
「ここを訪れる人達は、皆、愛を求めています。いえ、きっと誰もが、本当は愛を求めているのでしょう。ただ、辛い日常の中でその気持ちを忘れてい るだけ。それはきっと、とても悲しいことだから。だから、私は笑っているのです。私にできる限りの愛を、私に与えられるだけの愛を、伝えてあげたいから。 私の仕事って、そういうものでしょう?」
さらさら、と髪が流れる。
ぴょこん、と飛び出したアホ毛が揺れる。
真っ直ぐに向けられた瞳には、とても優しい光があった。
蒼く染まる褥の上で、少女は静かに微笑んでいた。
「――愛を説いてみせるか。こんな時代に、こんな世界で」
隻腕の言葉は静かに。
隻眼の視線は厳しく。
抉るような憤怒を孕んで響いた。
強者であるが故の不理解。
そして、失くしてきたもののために、彼はそれを愚かと断ずる。
けれど、彼女は笑った。
随分と幼い頃、そうしていたように。
にっこりと、世界に何一つ恥じる事無く。

「うん! だってボクは皆のことがダイスキだからね☆!」

真っ赤に咲いた太陽のように、それはそれは美しい笑顔だった。
静かな、静か過ぎるほどの夜。
牙持つ強者と牙無き強者は向かい合う。
つまりはそれが二人の在り方。
決して相容れない道の上で、彼女は彼を見つめていた。
また一つ、風が吹く。
そこに何を嗅ぎ取ったのか、男は立ち上がった。
無造作でありながら、いつ立ち上がったのかも気付かせない、それは奇妙な動作だった。
どうかしました?
そう聞こうとして、“ラプンツェル”は口をつぐむ。
再び窓の外に向けられた男の目。そこに宿る色に。
「厄介な客が来たな」
『敵』を見る目をしたままで、男は言った。
命が惜しければ逃げろ、と。
彼を知る者がそれを聞いていたなら、軽い驚きに瞠目していただろう。
まさかあの“左利き”が仲間でもない人間の身を気にかけるとは、と。
鬼の霍乱も良いところな男の言葉に、けれど“電波塔”の主は穏やかに首を振った。
「お客様であれば、例え何者であろうとも全てを捧げるのが私の仕事ですから」
その言葉には、やはり迷いはなかった。
だからという訳でもないのだろうけれど、男がそれ以上言葉を重ねる事もなかった。
泳ぐ雲が月を隠す。
コンクリートの壁に囲われた部屋に薄い暗がりが落ちる。
そしてまた月光が差し込んだ時、男の姿はどこにも残っていなかった。
一欠片の余韻も許さず消えた男の背中を瞼に描き、彼女は溜息をつく。
「……本当にせっかちな人。これが最後かも知れないのなら」
――せめて、抱きしめるくらいしてくれてもいいのに。
そんな事を呟いて、自分の言葉に想像する。
もしもの話、本当にそうされていたら私はどうしていただろう、と。
「あら? あら、やだ」
頬に添えた手に伝わる温度。
年甲斐も無く真っ赤に染まったほっぺを押さえてベッドに倒れこむ。
あまつさえゴロゴロと転がってみたりもする。
ついでとばかりに加速した妄想にきゃーきゃーと鳴いてみたりもする。
これが、特区唯一の不可侵地“電波塔”の美しき“乳草姫(ラプンツェル)”の本当の顔。
誰にも見せた事の無い、年相応の少女の姿だった。

「さて、と」
ひとしきり(一人で)騒いだ後、彼女は褥から抜け出した。
着物の乱れを整える。
髪を流し、唇に薄く紅をひく。
最後に笑みを湛えれば、少女はもう少女ではない。
“電波塔の乳草姫(ラプンツェル)”が――そこにいた。
一呼吸。
深く、長く、息を吸う。
幾つもの夜を過ごした部屋を、身体の隅々まで刻み付ける。
――嗚呼、これで大丈夫。
どこにいても私は“乳草姫(わたし)”でいられる。
だからこれが、本当に最後。
外へと続くドアの前に立ち、頭を下げる。
この部屋に残る思い出達へと。
“電波塔”で過ごした日々へと。
そして、もういない誰かへと。
「それじゃあね! ボク行ってくるよ!」
パタン、と音を立てて、ドアは閉まった。

中天に懸かる月は恥らうように、薄い雲間に姿を隠す。
風は恋人の頬を撫でるように優しく、眠りに落ちた街を渡ってゆく。
静かな夜だった。
穏やかな夜だった。
なのに、その夜の真ん中に立つ、その姿。
夜闇にも尚昏い無数の『腕』を引き連れて、黒々と屹立する影法師。
影色の領域(ダークランド)の中心に、孤独な領主は立っていた。
「――驚いた。まさか“葬失(ロスト)”をお客様に取る日が来るなんて」 
自立移動型危険指定地域――“葬失”
こと特区においてロクでも無さに限ればトップクラスに数えられる大迷惑。
それが、今宵彼女の許を訪れた客の名であった。
出会えば『消える』と語られる極めつけの災害を前にして、
しかしそれでも、彼女の笑みは変わらなかった。
「ようこそいらっしゃいました、今宵限りの私のアナタ。
心さえ蕩かす蜜をお求めでしょうか。体さえ融かす熱をお求めでしょうか。
それとも、この私をお求めでしょうか?
全て差し上げましょう、お望みとあれば。全て捧げましょう、お望みのままに。
さぁ、その腕に私をお納めください」
流麗なソプラノが夜を響かせる。
それを聴いた者は一様に背骨を丸ごと引き抜かれるような快感を味わうという、
コッペリア達を出迎える、柩の姫の歌声。
けれどこの夜に限っては、
「されど――私ではアナタを満たす事は出来ないでしょう」
紡がれる筈の無い第二小節が、紡がれた。 
微笑んだまま“乳草姫(ラプンツェル)”は差す。
白皙の指先が貫いたのは、幽鬼のように立ちつくす影の心臓。
「だってアナタが求めているのは――“私の愛(わたし)”じゃない、でしょう?」
“葬失(ロスト)”は。
茫洋と彷徨わせていた視線を、その指先に向けた。
次いで、指された場所に向けた。
黒い衣装の下、皮膚と肉と骨の向こうに潜む、黒い心臓に向けた。
そうして顔を上げて、威風堂々自分を見据える美しい姿に視線を戻し、

「ああ、困りましたよお嬢さん。私の心臓――動いてません」

独白のように呟くと、“葬失”は前進を再開した。
追従する捕食領域。
ぞろり、と自分に向けて殺到する黒腕の群にも構わず彼女は告げた。
「それでも――」
最後まで言わせる事無く、豪奢な着物を無粋な腕が引き裂いた。


「挑まれたなら、応えて魅せるが女の華」


トン、と軽い足音(タップ)。
聳え立つ双子の電波塔。
愛する住処たる塔を背に、彼女はそこに立っていた。
色鮮やかな衣装(ドレス)を脱ぎ捨て、怖い魔女の目を盗み。
王子様の手も借りず、“乳草姫(ラプンツェル)”は自分の足で降り立った。
風に遊ぶ紫暗の髪。
夜に溶ける暗色の衣装。
深遠の月は今や誇らしげに彼女を照らす。
黄金の月光を身に浴びて――ちしゃっ葉姫が咲き誇る。
「さぁ、できるものならその腕に、私をお納めて御覧なさい」

――幾年越しのその夜に、彼女はやっぱりスクール水着だった。
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