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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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#9
【IF Another despair】"赤錆"の夜

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】

始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。

ーエノシマ・エリア

拳骨の堅さが脳天に響き、感じた事の無い鮮烈な痛みが火花と奔った。
イドラは思わず頭を抱えた。一辺たりとも容赦のない拳だった。
「…戦闘中の私語は慎め。俺でなければ五回は死んでいた」
痛みを送った犯人は目の前で顔を顰めて腕を組んでいる。
思わず涙が滲んだ視界に幾人かの知らぬ人々が映る。
うわ、と頭を抑える様を見るに皆一度はコレの洗礼をうけているらしい。
右目を眼帯で覆った男、左足に義足を付けた女。皆一様に疲れており、皆どこかに怪我をしていた。
そしてもう一つ彼等に共通している事。誰も彼もが戦う人間であった。

レギオンの引き起こした爆発はエノシマ西区に甚大な被害を及ぼした。
看破が間に合った事もあり人的被害は比較的─あくまで比較的に過ぎないが─抑えられたものの、
逃げようもなかった潜伏場所や物資など、物と環境の被害は悲惨の一言であった。
ここは爆発の余波からからくも逃れたアジトの一つ。うち捨てられた名も無きショッピングモールである。

放っておくといつまでも続きそうな説教を一人の少年が遮る。
「…それで…"赤錆"。"宗主"とあの化け物はどうなりました」
俄に空気が険を帯びた。無数の目が此方を見詰めている。
どこでもそうだ。"宗主"の名はそれだけの恐怖を持って君臨していた。
「"レギオン"は自爆。遠目から見た範囲では再結集の徴候は無し。
詳しくは分からんがどうやら一発限りの使い捨てだったらしい」
イドラは淡々と告げる"赤錆"の横顔に目を向ける。表情に変化は無い。鉄の様な顔だった。
もう一方に関しては、と続けられる言葉に、皆が唾を飲みこむ。
「爆発の直前に離脱した。…余勢を駆って攻める積もりなら今頃ここも落ちている計算になる。
今回の侵攻はあそこまでだった、と判断する」
そこまで言って、"赤錆"は唇を吊り上げる。
「つまり今日のところはあのニヤケ眼鏡の『散歩』は終わり、という事だ。…良く生き残ったな。お前達」
歓声が上がった。安堵に溜息を吐く者、立ち上がって隣と手を叩き合う者。
イドラの肩を誰かがどやしつけた。喜びは分かち合う物だと大きな手が言っている。
「"赤錆"の旦那ァ、折角お友達が帰って来たんですし、今日は鬼殺しを一本空けてへぶっ!?」
調子に乗った眼帯の男に見舞われる本日二回目の鉄拳。皆がうへぇと頭を抑えた。
「阿呆、コイツは未成年だ。…ジュースにしておけ、まだ二瓶残ってたろう」




味の付いた飲物は二ヶ月ぶりだった。お腹一杯食べるのはその倍ぐらい覚えが無い。
比留間は喰わねど高楊枝と普段は必要最低限しか食事を取らないイドラだったが、
ぐうぐう鳴る腹とジュースを薦めてくる笑顔には勝てず、結局久方ぶりの御馳走を楽しむ事となった。
すこぶる良い気分と少しの罪悪感を抱えて表に出ると、"赤錆"が一人で静かに食事を取っていた。
500ミリのペットボトルに少し濁った雨水。皿はなく、手掴みで黒色の何かを口に運んでいる。
何を食べているのか彼に問うと、パニという料理を知っているか、と返事が返ってきた。
とても嫌な予感がしたのでそれ以上の言及は避ける。
レギオンの爆風が沈滞する残留思念すら吹き飛ばしたのか、その夜の大気はここ数年覚えが無い程澄んでいた。
爆心地に沸きだした雑霊の事を考えると複雑な心境だったが、今は素直に夜気を楽しむ事にする。

こうして落ち着いて眺めると不思議な程に変わっていない。
ミラーシェードに隠された傷痕こそ十字に増えているものの、幼さすら感じる童顔はそのまま。
表情がないのか仏頂面なのか読めない顔は、嘗て姉の戦友として紹介された頃から変わらず健在であった。
極めつけは身長。高校生であった頃から全く伸びていない。今現在のイドラよりもやや小さいぐらいである。
グラス越しの目が心なしか険しくなった様な気がした。心でも読んでるんですかこのセメントさん。

半秒だけ逡巡して、結局慣れた名で呼ぶ事にした。
「マイトさん?」
何の気無しに横顔が振り向いた。ごく当たり前の反応が、二つ名が日常的に使われる特区では逆に珍しい。
「名前で呼ばれるのも本当に久し振りと判断する。あのエロ餓鬼まで渾名で呼ぶとはな」
言葉に淀みは無い。それは失われた者を語るには静か過ぎる声だった。
皆には良くして貰ったか、と反駁の隙もなく会話が連なる。イドラははいと応えを返した。
実際、抵抗勢力の皆は一様に優しかった。
削れた何かを取り戻す様なその活気は、彼女の胸にも懐かしい何かを思い起こさせた。
そうか、とだけ言って彼はカードを取り出す。
「では後を頼む。俺は今から少し出てくる」
一瞬の閃光。立ち上がったマイトの姿にイドラは目を剥いた。
真紅のコートの裾が夜気にはためく。右手に巻かれた女物の着物と錆びた鎖。
左手の巨剣を確かめる様に握り直し、背に納める。斬鎧剣【絶讐】。
嘗てここに銀誓館と呼ばれた組織があった頃から変わらぬ彼の愛剣。
戦支度は一瞬で完了した。何処に行こうとしているかは問うまでもなく明白だった。
「───危険です!あそこがどうなってるかここからだって見えるでしょう…!?」
指差すレギオンの爆心地には最早確認不能な数の魑魅魍魎がひしめいている。
その跳梁は人の進める域を軽く超えていた。
「だからこそと判断する。ああやってゴーストが出ている以上教化部隊は出てこない。
先にも言ったがあの馬鹿も暫く出てこないだろう」
勝算はある。そう言い放ってマイトは足を進める。
しかし、と追いすがるイドラの眼を、ミラーシェードを外した双眸が射抜いた。
「一分一秒遅れれば生存率は下がる。…それとも。俺に奴等を放っておけと?」
冷静な様でいて一辺たりとも情を譲らない。鉄の固さの中に炎を封じ込めた眼がそこにあった。
イドラの脳裏に疑念が浮かぶ。──なぜ、この人は全く変わっていないのだろう。
恋人は既に亡く、嘗ての仲間も殆どが死に絶えた。
挙げ句最も信頼していたはずの「相棒」は魔王となってこの地に君臨している。
見てきた地獄は皆と同じ。膝を折っても良い筈だ。心が壊れても致し方ない。
だが、目の前にいる男は、何一つ変わっていなかった。
理由は思い至らなかった。だが、尚も歩みを進める背に掛ける言葉は一つしかないと知った。
「御武運をお祈りします。…がんばってください」
不破の御劔は振り返ると
「Allright。Buddy。…心配するな。アレを殴るまでは俺は死なんよ」
鮫の様に笑った。
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