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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【IF Another despair】 動かない残像(1)

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】

男は座していた。
廃墟となったビルの一角。照明のひとつもなく、差し込む月明かりだけが妖しく輝いている。
男は、ただ座していた。
あたりは静寂に包まれている。荒廃しきったこの鎌倉の街では、何もかもが死んだ。
人も、人の心さえも、死んだ。
この男も、そうであった。
どのような心中であろうか、表情からは窺い知れない。ただ、まっすぐに中空を見つめている。
ぼろぼろのマントを身に纏い、こけた頬に伸びた無精髭。言うなれば昔の修行僧を思わせる風体だ。
不意に、扉が開いた。来客は少年である。

「…お兄さん。“宗主”の兵隊が現れたって…みんな騒いでたよ」

少年はおどおどした様子で男に呼びかけた。対する男は少年に一瞥もくれずに

「知らん。お前らに能力者の素質は無い。黙ってやり過ごせ」

とだけ答える。少年は、一瞬だけ目を伏せた。

「でも、隣町の人たちは、何もしてないのに略奪されたって…聞いたよ。いちゃもん、つけられて…」

このあたりには、この少年を含むいくらかの人々が“宗主”の手から隠れるように暮らしていた。
鎌倉地区を掌握し、「能力者狩り」を掲げる“宗主”なる人物。
その尖兵たちは、最早大儀名文を傘に着た暴徒と化していた。
圧倒的な力を持って殺し、奪う。残るのは屍ばかりだ。

「知らん。死ぬやつが弱いのが悪い」

少年の訴えを意にも介さず、男は言う。どこまでも、気だるい様子で。

力の理念。今、この地域を支配しているのはつまるところのそれだ。
強きものが奪う。弱きものは死ぬ。
それだけだ。強いものの勝ちだ。
それだけだ。弱いものの負けだ。
そこに理想があろうと、享楽があろうと。
正義があろうと、悦楽があろうと。
失うものがあろうと、守るものがあろうと。
無慈悲に、白と黒の判定がつく。そして、命が亡くなっていく。
かつては戦場にのみ許されるはずだったこの理念が、今や日常を侵食しつくしていた。
むしろこの街そのものが、常在的な戦場と化してしまったと言っても過言ではない。
かつて男自身が快感とさえ思っていた戦いの熱。それが灼熱の炎となって、罪も無い人々を焦がしつくしている。
信じるものはもはや全て無くなってしまった。

「…でも、お兄さん、この前はゴーストから僕たちを助けてくれた。いい人なんでしょ…?」

これは己の業なのだろうか?この力を再び振るえと、縋って来る。
嫌だ、嫌だ。戦いたくなどない。俺は必死に戦ってきて、その結果がこれだ。戦いは、災いを生むだけだ。
そんな思いばかりが胸を去来する。
戦う理由はもう無い。名も知らぬこの少年を助ける義理は、無いのだ。

「この間は俺の寝床を確保するためにやっただけだ。お前たちの為じゃない。
お前たちがどこで死のうと、俺には関わりの無いことだ。…失せろ」

「…ごめんなさい。もうお兄さんには迷惑かけないよ。
最近、この辺で兵隊と戦ってる人がいるって噂なんだ。その人たちに、助けてもらう」

少年は目に涙を湛えながら呟いた。その言葉に、今まで無表情だった男は眉を細める。

「待て。…どんな奴らだ、それは」

「どんなって…赤髪の男と、隻腕の男の二人組みだとか…
他にも、何人か新しい人がこの地区にやってきたって…噂になってる…」

少年は男の表情を伺いながら、おどおどと答えた。そして

「…お兄さんも、死なないでね」

とだけ言い残し、去っていった。

男は少年を見送りながら、思考を巡らせる。
噂は本当だったのか。「赤錆」に「左利き」。
かつての仲間に良く似た、レジスタンス。

彼らは、いまだ戦っていた。この「終わってしまった」世界で、戦っていた。
なのに自分はどうだ。いつまでも逃げるばかりではないか。

チカラハサイヤクニスギナイ。

それでもいい。

モウナニモノコッテイナイ。

ひとつだけ、残っている。

思い出せ、駆け抜けた日々を。
思い出せ、この脚の使い方を。

男の瞳に決意がみなぎる。かつて光を灯した、闘士の瞳。

「俺が鍛えたのは、逃げ足じゃなかったはずだ」

呟くと、おもむろに立ち上がる。
かつての戦友が思い出させてくれたのは、思いを貫くこと。
あいつらは結局同じことをしている。馬鹿正直に、理不尽に対して反抗している。
では自分が戦う理由は何だ。
義の為ではない。人々を救う為ではない。復讐の為でもない。
それらを差し置いてなお、戦う理由はある。

至極単純なことだ。男は今でも「男の子」であり続けた。
あの日の思い。ただ純然なあいつに勝ちたいという思い。

「…いつかの決着をつけよう、神井」

嘉島真貴は、もう一度歩みだした。能力者としての道を。死に到るその道を。
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