あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【20XX年 封鎖特区 鎌倉】
始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。
荒野と化した地を歩く女が一人。銀色の雨を避けるようにくたびれたローブを纏っている為はっきりとその容姿は窺う事はできないが、足取りははっきりと、ひとつの建物を目指して歩いていた。
電子音が響く、女の懐からだ。
――――エマージェンシーコール、それに繋がるコードを知る者は少なく限られている。女は立ち止まる事無く、無駄を一切排除した動きでそれを取り出しボタンを押して耳に当てた。
「はい」通話の相手が誰なのかなど、考える事もない。電子音によって区別が付く様になっているのだから。その相手とは――― 猫。
「久しぶり、どうした、です?」
淡々と挨拶を返し話を聞きながら歩を早める。相手の様子が切羽詰っている事、それから『宗主』という言葉。
「わかった、神父にも連絡済み、なのです?わかってる、『左利き』には借りがある、です。もちろん、『宗主』にも、です」
たどたどしい喋り方は癖が付いたままだったが通話先の相手はそれに安堵したかのような声で通話を終わらせた。
急がねばならない。動くのは早い方がいい、教えてくれたのは、二年ほど生活を共にした男だ。幼い頃の記憶、でもきっと忘れる事はないだろう記憶。
躊躇うな、臆するな。
だから、私は行くだろう。
行く手を阻むものがあるならば。
そう、こんな風に――――
降り注ぐ銀雨の中、具現化される妄執。
止めれるものなら、止めてみるがいい。
女が纏ったローブを投げ捨てる、スカート部分に深いスリットが入っている事を除けばシスター服と形容するのが一番的確な服装だった。艶のある白髪はショートに切り揃えられ、変わらないのは肩下まで伸ばされたサイドの髪。
無表情なまま何か呟くと、その瞬間それは女の手の中に具現化する。
漆黒のバッドを振い、妄執の塊を薙ぎ払う。舞を踊るかのように女の動きは優雅でいて素早い。
ゴーストの動きを翻弄するかのように軽やかなステップで、完膚なきまでに叩き潰してゆく。
叩き潰しながら、歩みは止めない。けれど彼女は、未だ本気ではないのだ。
『ムーンライズ』、その二つ名の所以である武器を使っていないのだから――――
こどもの遊びだと言わんばかりに阻む全てを叩き潰し、向かうその先は教会。女が身を寄せる唯ひとつの場所である。
不穏な空気は入る前からわかっていた、すでにその気配が薄れている事も。
「ただいま、です」
「やぁ、おかえりなさい」
開け放たれたままの入り口から声を掛けるとすぐに返事が帰ってきた事に、女の顔が少し和らぐ。それから子供たちのおかえりなさいの声に口元が笑む。
「帰ってきたばかりで申し訳ないですが、町に往きますよ」
和らいだ女の顔がすぐに無表情な物へと変わり、男に頷き返す。男は、女の視線に視線で返す。説明は不要。
お互いわかっているのだ。
男は、女が猫から連絡を受けて自分が取る行動をすでに理解している事が。
その女こそが、常に 『祈らず』 の傍らにあった 『ムーンライズ』
『祈らず』が語られるその裏に、常に居た存在。
その女が、語られる事がなくとも――――
確かに在った存在である。
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