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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【IF Another despair】荒廃の下僕


 【IF Another despair】我等の恥を制圧せよ。
 
 今日も銀の小雨が降っている。
 これは世界の理不尽を固めたものであるらしい。
 人間が科学で理解できない全てのものは、この銀によって説明され、力を持ち、制御される。
 
 「バカげた話だ。」
 
 ツーテールの男が独りごちた。
 半袖のシャツに長ズボン。黒髪は左右に結われ、腰には短めで下げ緒の長い刀と、両刃のナイフが装備されている。
 刀とナイフの絵には、小さな動力炉がついているが、今は駆動していないらしく静かなものだ。
 近畿地方に存在する、水練忍者の里『瑠璃』。彼はその首領であった。
 実力では彼を凌ぐものは何人もいたが、先代からの命により、瑠璃を受け継ぐに至る。
 彼は、『瑠璃』の首領『であった』。
 
 「……。」
 
 荒れ果てた『謁見の間』の座に就いて、彼は焼酎を煽った。
 この世界を理不尽から守っていた『世界結界』の崩壊は、結果として、来訪者でもゴーストでもなく、人類の勝利を呼んだ。
 銀誓館学園が育て上げ組織した若き能力者たちが、その力を如何なく発揮し、理不尽の一切を打って壊したのだ。彼ら自身が忌むべき理不尽に成り果てることと引き換えに。
 
 「全く。」
 
 それから先はあっというまだった。
 力を得、世界を救った若者たちは増長し、ありとあらゆるものを搾取した。快楽を、食料を、時間を、歴史を、金を、命を、人体を。
 ゴースト、来訪者すらも。
 それはヤクザの所業だと彼は反旗を翻したが、逆襲され、『瑠璃』の壊滅という憂き目を見てしまった。
 『人ではない我々は、ゴーストと共に滅びねばならぬ。』
 常々そう言い、世界の敵となることを夢見てきた先代首領、現『大頭目』――――銀の腕と灰色の髪を持つ、正体不明の人型のバケモノであった――――は、抗争に巻き込まれ現在行方不明である。
 
 「……。」
 
 彼:丘・敬次郎は、その馬鹿げた、つまりは、この世界に幾億と隠れ潜む人外共と心中するという魔王のような思想が、何より正しいことを知ってうなだれた。
 思想には賛成だったが、『それ以外の答えが無い』とまでは、思っていなかった。
 人類は、彼らに報酬を与えることで隔離した。封鎖特区:鎌倉に。皮肉なことに、かつて日本で最も世界結界の影響の少なかった地が、世界結界を揺るがす存在を掃き捨てるゴミ溜めになったのだ。
 ゴミ溜めには、力による支配と荒廃が満ち、たまに外に出るゴミ共は、人類に悪臭と汚染を撒き散らしてまたゴミ溜めに帰っていく。
 ヴァチカンの聖騎士やヒンドゥーの聖人すら弾き返したゴミ溜めは、日本という国の信頼を激しく失墜させている。
 特区内ではそんな事情はどこ吹く風で、今も、本能に駆り立てられるゴーストと生きる術を探す来訪者と秩序を忘れた能力者が不満に満ちた生を歩み、憎悪の中で死んでいく。
 
 「先輩。」
 
 かつて『幽霊せせり』の名で知られた蟲遣いが、彼の前に立っている。
 
 「どこで間違ったんでしょうね……。」
 「やれることを、やろう。これが間違っているとわかっているなら。」
 「……山積みに過ぎます。」
 「そうだね。でも、」
 「ええ、僕も、『ただ死ぬのなんてまっぴらだ』。そう躾けられましたし。生きている限りやることはやらないと、楽しくない。」
 
 決起の時。
 
 「街田先輩?僕は、人の死を笑って看取れる男です。」
 「知ってる。」
 「だから。」
 「だから?」
 「先代がなれなかった、人類最後の敵に。僕がなる。」
 「おっかないね。」
 「最後まで付き合ってくれ、なんて言いませんよ。ただ……夜明けの作戦は、予定通りに。」
 「了解した。では、酒の続きにしよう。」
 
 赤茶けた囲炉裏では、串刺しの鮎が焼かれている。
 それぞれの手に、不揃いの碗。瓶一杯の酒。それだけでも、『弱い能力者』には到底手の届かない贅沢である。
 『幽霊せせり』街田・良は、丘と別段親しかったわけでもない。だが、今回呼び出された理由を尋ねてはいない。
 丘は以前から、どうしようも無い衝動を抱えた時に度々自分を呼び出していたから。
 先輩は頼られるオーラを出しているからと、いつぞや丘はにこやかに笑い、
 親しくは無くとも波長が合ってしまうことはあるのだと、そのとき街田は苦笑した。
 
 何も言わず、碗を傾ける時間。虫の声。鳥の声。
 破れた壁を抜けた風が、火照った体に快く当たった。
 
 不意に障子戸が開く。すわ敵勢、と術扇を構えた街田を、丘の手が止めた。
 
 「鳩様。」
 「長い間留守にしまして、申し訳ありません。ちと、銀を食っておりました。」
 
 銀の腕に灰色の髪。それは、瑠璃の先代首領:筧・小鳩の姿。
 目は固く閉じられ、片手には杖をついている。杖には切れ込みが入っており、どうやら仕込みであるらしい。
 その銀の腕には以前にも増して赤黒い染みが増え、喰い貪った歴史を表していた。
 冷たく黒い亡霊がまとわりついて、部屋の気温をぐっと下げる。街田と丘は面食らったが、小鳩はいっそ輝いて見えるほどに微笑むばかり。
 
 「その目は。」
 「ああ、心配には及びません。メガリスの反動でして。
  行動に支障なし。戦闘能力は、以前より向上してございます。
  この目も見えぬのではなく……。いや、まあ、時至れば、披露して差し上げます♪」
 
 さて。と発して小鳩は囲炉裏の横に座ると、懐から――――なぜそんなものを持っているのやら――――碗を出した。
 
 「注いでくださいませ♪」
 「御意。」
 
 丘がその碗に酒を注ぐ。小鳩が促すと、丘は街田と自分の碗にも酒を注いだ。
 
 「……それでは。若きお二人と古きわたくしの前途を祝して。
  思いあがったヤクザ共を殺す為に。」
 「大頭目と僕が楽しい余生を送る為に♪」
 「……まあ、一応、『世界を救う為に』。」
 
 「「「乾杯。」」」
 
 以上。」
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