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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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#15
【IF Another despair】嘘だといってよおねえちゃん!

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】

始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。

―レギオン爆心地


「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁッ!!」
比留間・イドラの悲痛な叫び声が空に吸い込まれる。
「…」
「…小姐」
"赤錆"はもちろん、"亡霊"も暗い面持ちになる。

「嘘だといってよおねえちゃん! 演技なんでしょ!?
"宗主"のところにいるのは演技で、
本当はあいつをやっつけるつもりなんでしょ!?」
ねえ、おねえちゃん。そんな言葉に対し、露骨に表情を歪めて嫌悪の感情を示す"道化師"。
「イドラ…貴様。"あいつ"が…いや、
あたしが眠っている間に磨いたのは、口先の技だけか…?」
「え…?」
瞬間、コンクリート片のつぶてがイドラの頬をかすめ、髪を幾ばくか吹き飛ばす。
「…ッ!?」
「下がれ二流ッ! 覚悟が半端な者、戦場に立つ資格なし!!」
もう頃合か。"赤錆"が剣を握りなおし、イドラの横に立つ。
「…もう十分だろう。あいつは、お前の『おねえちゃん』などではない」
「………」
「決着をつける」
「…や」
「…っ?」

「いやですッ!!!」
彼の言葉を、子供が駄々をこねるようにイドラは拒絶した。
「マイトさん、お願いです! わたしにチャンスを!!」
「何…?」
「おねえちゃんを連れ戻します!! だから、だからお願いします!!」
「小姐、無茶です!!」
「無茶でもやります! やってみせます!!」
"亡霊"の忠告ももはや届かない。イドラはどこか平静を失っているのだ。
今になって、姉を失った過去がこんな形で彼女の足を引っ張るとは。思わず奥の歯をかみ締める張。
「…いいだろう」
どこかあきらめたような表情で、"赤錆"は答える。
「やってみせろ、イドラ」
「…はい!!」
「小姐!!」
「大丈夫だよ、張先生…!!」
青い太陽のような瞳が、"亡霊"を射抜く。

ダメだ、行ってはダメだ。小姐。
その言葉が喉の奥から出ない。

イドラは赤い布槍をはためかせ、前に一歩出る。
「おねちゃん…。あなたを止めます!!」
「愚妹が…」


能力者の姉妹は対峙し、それぞれ構える。
ともに比留間式防衛術を研鑽したせいか、期せずして構えは似たものとなる。
これならば勝負は互角。いや布槍のリーチがある分イドラに優勢か。
そう思われもしたが、次の瞬間。
「参れ愚妹!!」
「いわれずともっ!!」

一つの打撃音。
"道化師"の掌底 が、イドラの顔面を打ち抜いていた。

「小姐ッッ!!」
「も、問題…なし…!!」
鼻からぼたぼたと血をこぼしながらも、イドラは膝をつく前に踏みとどまる。
「どうした、イドラ!! お前が学んだのは殴られる事なのか!!?」
「まだまだぁ!!」
二歩三歩と踏み込んで次々に攻撃を繰り出すイドラ。
並の能力者であれば、反応すらできないであろう見事な攻撃。

が、一流には『その程度では』不十分。
「遅い!!」
「ッ!!?」
攻撃は流麗な動作で全てさばかれ、今度はアゴを横から綺麗に打ち抜かれる。
反転するイドラの視界。
発生した意識のブランクに、容赦なく"道化師"は打撃をダース単位で叩き込む。

「…チッ」
「しょ…勝負に…」
舌打ちする"赤錆"。あまりに酷い戦闘内容に、思わず"亡霊"からも言葉が漏れる。
「勝負に……なって…ない」

気がつけば、イドラは相手の攻撃についていくだけで手一杯になっていた。
「あまりに虚弱!」
攻撃を目で追う事ができない。
「あまりに脆弱!」
技を出そうと体を動かせば、その機につけこまれて技ごと潰される。
「あまりに未熟ッ!! イドラ、貴様『その程度』かッッ!!!」
何をやっても勝てないと、本能が警鐘を鳴らす感覚。
彼我の実力差。


「小姐…! …っ。今助けに行きますッッ!!」
「待てッ!!」
駆け出す"亡霊"の肩を掴み、強引に引き止める"赤錆"。
「離せよテメェ…ブッ殺すぞ!!」
振り向いた"亡霊"は、平生には決して見せぬ憤怒の表情で"赤錆"を睨む。
「"イド"は本気で戦っていない…。
おそらく、イドラにトドメを刺すつもりがないと判断する」
「んな保障がどこにある…ッ!!?」
「三日三晩付き合わされたんだ。その程度は分かる」
視線で睨み合う両者。先に折れたのは、"亡霊"。
「更なる高みへ昇るための、小姐への『試練』だと…?」
「…そんなところだ」
サングラスを外す"亡霊"。
「…。これだけは覚えていろ、"赤錆"。
小姐に万が一の事があったら、テメェも"イド"も絶対に殺す」
「肝に銘じておこう…」


腹に叩き込まれた前蹴りで吹っ飛ばされ、転がるイドラ。
(「そん…な何故…ッ」)
自分だって血をにじむような努力をしてきたつもりだ。
かつての姉に絶対に勝つとは言わないが、勝るとも劣らぬ境地まで辿り着いたはずだ。
なのに何故。そんな思考のループから抜け出せない。
「…」
"イド"は、そんなイドラの底など見通しているかのように、心底つまらなそうに眉をしかめる。
かかとでうずくまるイドラに一撃。次にしゃがみこんで彼女の髪をひっ掴み、顔を近づけさせる。

「きけいイドラ!」
「ぅ…ぐ…」
イドラは、もう戦闘意欲すら湧き上がってこなかった。
「今のお前…弱すぎて、殺意すらわかないわ!!」
「…っ」
そんな自分が情けない。悔しい。
「この程度で『希望』を語るな…。このペテン師がッ!!」
それだけ言うと"イド"はもう完全に飽きたのか。イドラを地面に叩きつけて立ち上がる。
片足を地面に這いつくばる妹の顔面の上に乗せ、
今まで事の成り行きを見守っていた二人の男たちの方に向き直り、口を開く。

「あんた達、あのメガネに対抗してレジスタンスやっているんだって?」
「…」
「あんたらも大変ねぇ…こんな雑魚のお守りしながら、あんな化け物とやりあうなんて」
"道化師"は足に力をこめたのか、イドラがうめき声を上げる。
飛び掛りそうになる"亡霊"を再度手で制する"赤錆"。
「結論を出すのは早計と判断する。イドラは…、コイツはまだ伸びる」
「…マイト。あんたまで希望でモノを語るわけぇ?」
二人っきりの時の、あの目つきはどこにいったのかしらと頭を掻く"イド"。
「イドラ小姐は絶対化けるさ…。お前の首を刈り取る龍にな」
"亡霊"の言葉に、いいだろうと微笑む"イド"。

「なら時間をあげるわ。あたしが今ここでやらなくても、
遅かれ早かれ他の誰かが片付けるだろうし」
「了解だ。…後悔させてやろう」
「それは楽しみ。…じゃあね」
用件は済んだとばかりに、"イド"は踵を返してゴーストの吹き荒れる壁を無理やりこじ開け、姿を消した。


「小姐、大丈夫ですか…!!?」
イドラに駆け寄る"亡霊"。
「っう…ぐっ…うっ…」
顔を腫らしたイドラは、大粒の涙をぼろぼろとこぼして嗚咽をこらえている。
「張…先生…! わたし…わたし…っ!!」
「小姐…」
こんなとき、"首魁"ならきっと抱きしめたのだろう。
だが、自分には…。そこまでして良いのだろうか。そんな気持ちが手を今一歩のところで踏みとどまらせる。
「わたし…っ…っ…強くなりたいです…もっと…もっと…ずっと!!」
「強くなるさ…」
落ちていた白ぶちメガネを"赤錆"が拾い上げる。

「生きてる限りは次がある」
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