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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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#13
【IF Another despair】正義最後の砦

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】

始まりにして終わりの地、鎌倉。
世界結界はもはや意味をなさず、
敵性来訪者の来襲、そしてシルバーレインによるゴーストの発生により荒廃した地。

VS葬失(ロスト)…血戦、開始
着弾地点からもうもうと巻き起こる砂煙。

「おかしいなあ、今日は砂埃がひどい。服が汚れてしまいますねぇ」

戦車程度なら軽く粉砕するであろうその衝撃をものともせず、
依然変わらぬ微笑をたたえ砂煙の向こうから歩を進める"葬失"。

「やはり、一筋縄ではいきませんわね」

恐らくこちらを視認してはいないのだろう。
自身を中心とした黒い円形のフィールドを引きずりながら一歩、また一歩と不気味に迫ってくる。

各所で報告は聞いていた。
あの円形のフィールドは彼の『捕食空間』
進入した生命体はことごとく文字通り『食べられ』てしまう。
無差別に、無慈悲に、その場を通るだけで生命体を喰らい尽くしてしまう。
其処に『意思』が介在しているとは思えない。
故に"喪失"は『人物』ではなく『現象』、封鎖特区における『災害』として認識されている。

「…とはいえ、そこに確かに『存在』しているのなら」

スカートに隠された足を大きく前後に開き、腰を落とした構えを取るピジョン。

「打ち砕けないはずは、ありませんわ」

エアシューズのマフラーから詠唱銀混じりの空気を噴出し、真正面から"葬失"に突貫する。
今までの報告から、"葬失"の『捕食手段』はそのフィールドから伸びる無数の『手』による捕獲、そしてフィールドに『引きずり込む』。

ならば、その手を全て打ち払い、本体を叩けばいいだけの事。

単純にして最至難。
だが、それがいい。

突貫するピジョンなど見えていないかのように、フードで隠した顔の下半分は、変わらぬ笑みを浮かべている。
弾丸の様なスピードで直進するピジョンがフィールド内に進入した。
同時に無数に襲い来る影で出来た手、手、手の群れ。
厚みというものを感じさせない、まるでフィルムが剥がれ落ちたかのようなその手が、諸共に地獄へ沈もうと迫る。
刹那、その魔腕の群れが纏めて『蹴り裂かれた』。

――クレセントファング。

スカートを翻し放たれた三日月の軌跡を描く鋭い蹴りが唸る。
拓かれた道を前へ進むピジョン。
すると今度は、その十倍はあろうかという数の影手が道を塞ぐ。

「…少々、骨が折れそうですわね…」

古来より、数は力である。
一対一を百回と、一対百は違うのだ。
一瞬だけ思案した後、腰を落として突進、伸び上がるようなアッパー『グラインドアッパー』で手の群れを突き破る!

――後ろから、足を掴まれなければ。の話だが。

つい先程蹴り裂いた影手の群れ、その残滓同士が繋がり再結合。
新たな影手となって背後からピジョンを襲う。

「しまっ…」

気付いた時には、影手で編まれた『ドーム』の中に押し込まれていた。
更に『ドーム』はピジョンを押しつぶそうと徐々にその大きさを狭めてくる。

「し、首魁!!」

廃屋のモニタで戦況を伺っていたオペレーターは思わず声を上げた。

「うるせぇ!情けない声上げンな!!」

うろたえるオペレーターを一喝するグラマーな黒髪の女性。
常に眉間にしわを寄せ不機嫌な表情をしているが、
廃屋にいる者ならそれが彼女のスタンダードである事を知っていた。

「ピジョンがこれ位でくたばるかよ!それより周辺被害と一般人の避難状況はどうした!」
「げ、現在首魁の足止めにより、避難は90%完了!周辺の物的被害もありません!」
「聞いていただろうピジョン!いつまでも遊んでンな!一気に行くぞ!」

廃屋で使用しているのは、ゴーストのジャミング能力を無効化する政府軍の最新機…を違法コピーしたもの。
『ドーム』内部にも問題なく声は届くはず。
ピジョンとしては遊んでいるつもりなど毛頭無いのであろうが、
アレは彼女流の激励だと誰もが理解していた。

その時『ドーム』が内側から弾け飛んだ。
千切れ飛んだ黒の残滓を天へと巻き上げるのは、渦巻く螺旋状の風。
その竜巻の中心には、腕を組んだピジョンが堂々と立っていた。

「アキラさん、一気に行くのであれば、アレを使いますわよ」

その言葉にアキラは思わず声を上げる。

「何言ってやがる!アレはまだ試作段階で、起動チェックすらしてねえンだぞ!!」
「そんなもの、実戦で何とかすればよろしいのですわ」
「お前なァ…!」
「大丈夫、わたくしを信じなさい」

言葉を失うアキラ。
少しの間考えを巡らせ、意を決したかのように口を開く。

「オイ!例の試作兵器の射出準備をしろ!」

その決断に、廃屋の皆は驚きを隠せない。

「あ…アネさん、アレはまだコントロールが上手くいかず…」
「構わねェ!メインはオレが張る!他の起動可能者は全てサポートに回せ!」
「しかし…」
「しかしじゃねえ!ピジョンが信じろって言ったんだ!信じなくてどうすンだ!えぇ!?」

胸倉を掴み上げられ、今にも殴りかからんばかりのアキラの表情に怯える男。

「解ったら準備だ…いいな?お前等もだ!」
「「「 り、了解!! 」」」


殴っても蹴っても手応えを感じず、すぐに再生を始める影手に対し、
インフィニティエアの絶対的スピードを持って、三次元的に戦うピジョン。
影は足元のフィールドから伸びて来る為、上空へ攻撃するためにはタイムラグが発生する。
それは些細な時間に過ぎないが、ハイスピード状態のピジョンにとっては十分すぎる時間だった。
しかし、いかんせん滞空時間が足りない。足元のフィールドに足を踏み入れたが最後、また『ドーム』に押し込められてしまう。
向こうも次は同じ手は食わないだろう。
迫り来る影手を蹴った時の反動で三角飛びを繰り返しているが、それもそろそろ限界だった。
その時、通信機から聞きなれた声が響く。

「ピジョン、準備は完了した!メインはオレが張る!」
「ふふ、良い覚悟ですわ。アキラさん」

数体の影手で編まれた巨大な影手を蹴った反動を利用し、フィールド外に退避するピジョン。
そこで右手を高く掲げ、天を指差し、祝詞を唱える。


「其れは、黄昏の絶望に沈むもの。其れは、人々が生きる事への賛歌。其れは、暁と共にまた現れる!」

「『希望号』射出!!』」


廃屋の天井を突き破り、カタパルトから射出されたのは身の丈を遥かに超える巨大な念動剣。
それを操るためには、能力者数人を要するという。
廃屋内にある一室ではアキラを初めとする『希望号』のパイロット達が、情報伝達用のバイザーを身につけ、起動の負荷に耐えていた。

「アキラさん、活動限界時間は?」
「すまねェ…持って3分だ…っくぁ!」
「心得ました!一気に行きますわよ!!」

空を切り裂き飛んでくる『希望号』の腹に飛び乗るピジョン。
まるで大空をサーフィンするかのようなその姿は、雄雄しく、凛々かった。

「あなたはきっと、とてつもない悲しみを内包しているのでしょう…」

迫り来る影手を、『希望号』を操り切り裂いていく。

「ですが、自分の不幸を理由に、他人を不幸にしていいなどと、夢にも思わない事です」

グン、と『希望号』が加速する。
風を纏い、疾風となって"葬失"本体へと突き進む。

「いかなる時も廃屋流…それが、わたくしのやり方です」

攻撃よりも、本体への防御を優先したのか、影が一斉に壁を作る。

「わたくしの界隈で、好き勝手やってるんじゃねえよ化物野郎がァ!」

その瞬間、影の壁と『希望号』に乗ったピジョンが激突し、耳を覆うほどの轟音と共に土煙を舞い上がらせた。







「―ョン!ピジョン!応答しろ!ヤツはどうした!?」

焦りを隠そうともしない同胞の声が聞こえる。
どうやら、少々気を失ってしまっていたらしい。不覚である。
傍らには、大地に突き刺さった『希望号』があった。
若干朦朧とする頭に手を添え、返信をする。

「"葬失"はどうやら、進路を変更した模様ですわ…」
「…ッ!馬鹿野郎!無茶しやがって…」
「それはお互い様、でしょう?ふふ」
「…知るかッ!!」

一方的に通信を切られてしまった。
流石に疲れた、早く帰って、ゲームを進めて寝よう…
そう思いながら、回収部隊の到着を待つのだった。








廃屋に戻ると、客間に座っている黄色いジャンパーを羽織った少女がいた。

「イドラさん…?」
「ピジョンさん…わたし、また、人を守れなかったよ…」

俯き今にも泣き出しそうなイドラ。
そのキャスケット帽に軽く手を添えるピジョン。

「大丈夫、大丈夫ですわ…今はゆっくりお休みなさい。疲れたでしょう?」
「…はい」

数名の案内役と共に、とぼとぼと寝室へ向かうイドラを見やり、真剣な面持ちで傍らに立つアキラへと問いかけるピジョン。

「アキラさん、一体何がありました?」
「情報自体はこっちまでニュースで届いていただろ?『レギオン』だよ。アレと一戦交えたらしい。」
「…"宗主"ですか」
「ああ、どうやら、レジスタンス共は壊滅的な打撃を受けたとかなんとか。あのチャイニーズも、満身創痍で今医療ルームのベッドの上だ」
「成る程…」

何かを思いついたかのように、ピジョンは部下へと指示を飛ばす。



「…こ、これは…」

眼前にでかでかと存在する【反宗主レジスタンス熱烈歓迎!!】の横断幕を前に、言葉を失うイドラ。

「びっくりしましたでしょ?」

対してこちらは、してやったり顔のピジョン。

「わたくしはここを預かる身なので気軽に遠征は出来ませんが、皆様の帰る家を提供する事くらいは出来ます」
「ピジョンさん…」
「困った時は、お互い様ですわよ♪」

ピジョンが笑う。イドラも微笑む。
二人のそれは、太陽の様だった。
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