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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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#12
【IF Another despair】 遅滞の否定

――――
 
 『鳩様が自分の命と引き換えに街田さんを助けたと言うのを知って、僕は確信と疑念の二つの思いを得ました。
  確信とは、鳩様が僕のことを、もう鳩様無しでも遺志を継ぐ十分な資質を持つと判断してくれたのであろうこと。
  疑念とは、鳩様と同じく、僕自身も、あの悲願を叶えずとも満足して死ねてしまうのではないか、ということ。』
 
――――
 
 「すいません、ちょっとトイレ。」
 「あ、うん。」
 
 それが、丘・敬次郎と街田・良が交わした最後の会話となった。
 
 
――――
 
 「もしもーし?
  残念ながら生きてますよ?
  ……えー、それを僕にですか?あそこは何もしなくたって軍隊が待機してるじゃあないですか。
  いや、嫌なのではなくてね?僕のような逸材をそんな使い捨てで使ってもいいのかとー、あー、そうか。そうですねー。
  いやいや、使い捨ての方が都合がよろしいですものね♪」
 
――――
 
 「カマクラヤママズーです。
  山間部の警戒がやったら厳しいですね。カメラ見つけたんであわてて帰ってきましたよ。
  ……ええ、“パレード”がいました。過去形です。遠くからでも禿山になってるの見えたんで。
  ……戦略拠点ではあるんでしょうけどねえ。
  見た限りでは、能力者の配置は無いみたいです。人海戦術に頼れば奪還自体は簡単かと。ただ、維持はきついかもしれません。
  ま、それはどの拠点も同じですけど。」
 
――――
 
 「はい、ニシカマクラですー。
  市街地には教団兵がくまなくいますね。
  でもやっぱ建物がある分隠れやすいみたいですよ。能力者と接触できました。
  抑えたがってるけど、徹底しきれないってとこですかね。エリア広いですし。
  ここが戦場になると、間違いなく泥沼ですよー。
  決着着かないのは『お互い』よくないし、そこらへんはお願いしますね?」
 
――――
 
 「津ですー。ツ。
  やっぱ兵隊はうろうろしてますねー。
  でも一般人はそれなりに楽しげに生きてますよ。治安はいいみたい。
  やっぱり能力者は生きていてはいけない存在なんだ!って感じですー。
  ここも能力者の配置はないですねえ。」
 
――――
 
 「コシゴエですー。
  駅付近にゲリラ、つーか夜盗。能力者と来訪者の混成部隊ですね。
  教団兵もうろうろ警戒してますけど、やる気は無さそう。一度痛い目見てるんじゃないかと。
  教団兵はここ避けるみたいにして線路沿いに湘南江ノ島駅を回るような経路で鎌倉山を押さえてます。
  交戦はまだですが、潰しときます?あ、そう?まだいい。了解。
  弁天橋見えますねー。
  地縛霊がうろうろしてます。
  ……そうですね、あそこを渡るのが多分きついでしょうね。一応軍も迎撃して押さえ込んでますけど、数がまだ見えないんで……。
  港にまで溢れかえってますね。外から上陸も恐らくは無理かと。
  山?ああ、山はいませんね。展望台見えますから。
  江ノ島から流れ出してる感じで、留まろうとはしていない。
  取れれば、拠点には最適ですけどね。
 
 
  はあ、やっぱりカマクラヤマですか。んじゃ、一日眠ってから、行ってきますね。
  フエダからの南下ルート?はは、了解。切り崩しておきますよ。」
 
 
――――
 
 鎌倉山クリニックを訪ねる一般人は、そう少なくない。
 イグニッションカードを持っていないことだけ確認すれば、あとは割りとスルッと通してくれる。
 「今から行っても、ベッドぐらいしかないぞ」
 という小さな嘲りの声と共に。
 
 
 
 「本当にベッドしかないでやがんの。」
 
 医療品の類はもはや残っていない。布団やシーツすらかなりの数が持ち去られている。
 今はもう、使用する宛てのないカルテと、知識がなければ使えない器具薬品が残されているのみ。
 丘はその専門器具薬品を当然のように拝借。
 
 カマクラヤマで最も警戒しなければならないのは、道路ではなく山間部だ。
 能力者や来訪者が得意とするのは主に、単騎の強さを頼みにした白兵戦、そして奇襲攻撃。
 足場の悪い中を進軍しなければならない攻撃側より、待ち構え迎撃するだけでよい守備側が有利なのは明白。
 
 「お前、何しに来た?」
 「いや、山菜を取りにきたんですがぁ……。」
 「帰れ!ここは教団の領有地だ!」
 「では、仰せのままに。」
 
 言いつつ先へと進もうとする。
 
 「おい、帰れといっている!」
 「おっとっと!」
 
 銃を突きつけられた丘が、バランスを崩して兵の腕を引っ張った。振りほどこうとした男の動きが、丘を懐へと引き寄せる。
 
 「おいおいおい、どうなさった!」
 
 丘に倒れ掛かられた兵が、今度は力なく項垂れて丘が抱える形になった。
 近寄ったもう一人に肩を貸せと押し付ける丘。
 マシンガンをホルスターに収め両手を開いた兵に。
 丘は、左の袖から刀を抜き打つ。
 宙を舞う兵の首が最期に見たのは、抱きかかえられた男の胸に、防護服を貫いて深く突き立った一本のナイフ。
 
 「やれやれじゃ。」
 
 丘がベルトのバックルを回すと、刀とナイフは消え去る。
 後に残ったのは、胸と首をそれぞれからおびただしい血を流す二つの死体。
 
 今の丘の姿を見ても、誰も丘・敬次郎だとは気づかないだろう。
 ツーテールは解かれ髪がまっすぐに降り、毛先は荒れてばさばさに。
 シークレットブーツで伸ばしていた背丈は、平均的な、特徴の無い大きさに。
 顔も醜い皺と染みと無精髭で原型をとどめていない。そこらの一般浮浪者と何ら変わりは無い。
 暫くは、カメラも誤魔化せるだろう。
 
 二人の兵士を殺害した浮浪者が森林に根を張る様子を、教団のモニターはしっかりと捉えていた。
 またぞろ、在野の凶悪な能力者かと、いささかうんざりした様子で。
 
 フエダ駐屯軍勢力の動きと呼応しているなどとは、夢にも思わずに。
 
――――
 
 『もしも満足して死ねればそれでいい、のであれば、わが一族の悲願は所詮、よく生きる為の言い訳だったに過ぎないということになる
  命令に殉じたと満足する為だけの命令。
  忍者である僕は、それを認めるわけには絶対にいかなかったのです。
  命令とは、遂行しなければならないものなのだから。
  満足する為の手段ではなく、それ自体が目的なのだから。
  だから、僕の代で叶える。
  僕こそが、あの二人の悪魔の望みを継承し、神域に至り。
  “終わらせるための存在”になる。
  意地でもありましたし、生き甲斐でもありましたし、何より。
  やっぱりそれは、“命令”だから。』
 
――――
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