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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【IF Another despair】 或る晴れた午後

『これは一つのこの街の日常の営みであり、そこには何の意味もない……』

彼の所属していた組織が崩壊したのは遠い昔で、繁栄のお零れで食い繋ぐ日々なのは変わることが無い。
いや、そのチーズすらも荒廃した特区からはとうに失われて久しい。
主となるべき存在を見失い、命令も途絶えたきり。
彼がこの街に残る理由はまったく無い。

いや、銀誓館時代の至上命題が未だに上書きされずに残っているのかもしれない。
銀誓館を拠点にゴーストと戦い、仲間を助け、能力者として外部に目立たず、迂闊に死なないこと。
逆落としにされたような時の中で数多の仲間が敵となり、そして銀誓館も無き今であろうと、その命令が間違いなく彼をこの場に留め生かし続けていた。

この街から逃亡するだけの能力はあるだろう。
ありとあらゆるセンサーの隙を掻い潜るだけの訓練は脳髄に叩き込まれ、風化する気配も無い。
鎌倉一帯の生じさせる強烈な気配は能力者が能力者を察知する能力と無線通信機器の精度を鈍磨させつづけ、警備が手薄な明け方ともなれば彼一人が這い出す程度の隙はどこにでもある。
あとは日本に訪れたときのように航空機なり貨物船なりに滑り込んで国外に逃れ、何事も無かったようにどことも分からぬその場に紛れ込めばいい。たったそれだけの話だ。

ただ、彼はそれをしなかった。命題に束縛されているが故に。

そ れでもこの場で死ぬには彼は人間をやめすぎていた。鎌倉という最悪の条件化においても、寸分の狂いもなく造物主たちの手によって研ぎ澄まされた「目立たな い」という能力は厄介ごとを回避し続け、一般人が必死で得た日々の糧を掠奪して命を永らえるのに不自由不足はどこにも無かった。
そこがどの街であろうと、全く問題などない。問題などあるはずも無い。

……そこがもし、まったくの無人でさえなければ。

日は中天に上り、粗末な雑穀の粥が湯気を上げる時間だというのに、そこには誰もいない。
誰もいないのだ。
もし、誰が見ても死んでいると判定するものを「誰か」と称するのならば別だが。


シサンが「縄張り」の巡回から戻ったときに、そこは血の池となっていた。
男女取り混ぜ十数人の屍が泳ぐ、赤黒く鈍い光沢を跳ね返す池。
詠唱銀を含有する重金属を思わせるような雲が垂れ込める場所には珍しく、冗談のように晴れた青い空。
新鮮な死体の匂いを嗅ぎ付けた清掃動物たち。
取り返しのつかぬ死と、残酷なまでに逞しい生の営みがそこに同居している。
ただ、その異常を恐怖と称するほど彼は感じやすい性質ではなかった。
せいぜいが「今日の昼食はどうなるのか」「誰がやったのか」という、ごくごくシンプルな思考。それが単純かつ純真なまでに暗殺に特化した脳髄に去来したばかりだ。

これを為したのは誰か、不明。
―想定可能な実行者は訓練された人間・ゴースト・能力者・なんらかの災害……もしくは、来訪者。

どれもこれも人数と質によっては単体で相手をするには戦力不足である。
そして、彼の積んできた訓練は「此方に気付いていない数人程度を殺害すること」であり、表立っての集団戦闘ではない。

つまり、無謀である。
そして無謀な戦いを挑んで死を迎えるのは『禁則事項』である。

―よって、次第によっては『戦うべきではない』。
―手口から判断するに人間。人数は確実に五人以上十人以下。銃器を所持。

そのように小さな脳髄が想定を立てた。

―とるべき手段。逃走、そして潜伏。悟られる危険性が高い場合その限りにあらず。

かつてシサン・クジュウという名で呼ばれていた舞台装置は、なんら変わることがない。
……いや、寄生先を失ったことで否応無しに引きずり出されていたのかも知れない。


ぶうん、と、蝿の羽音に混じって動力炉の回る低い音が響く。

―近い・数人・『気付いていない』。

察するとほぼ同時に能力が始動していた。
現れた剣を振り回しながら血飛沫を音もなく蹴立て、最早モブとは言えない人間狩猟機《メンシェン・イェガー》がいまにも崩れそうな建物の陰に走る。
そこで休息を取っていた哀れな一人目の犠牲者は、血の池を滑って勢いを付けた一撃であっさりと頚動脈を裂かれ、事実を認識する前に意識を暗転させる。

そして状況に対応しきれぬ二人目に対して寸止めなどという愚行を犯さず防護服の隙を突いてあっさりと死に至らしめる。

……いかな強靭な防具を身に纏おうとも、人間はこうも、弱い。
その弱さを知り尽くし、そこにつけ込むが故の暗殺者だ。

集団の中で孤立した人間などより、此方の気配を悟り、油断せず、時として物理法則から解き放たれ、一撃で殺害できる弱点もなく、徒党を組んで襲い掛かる非人間のほうがよっぽど彼にとっては恐ろしい。
―それがゴーストであろうと、能力者であろうと。

集団の中で孤立し休憩を取っていた一個分隊―人数にして七人―が虚勢を張ることすら忘れて一瞬の惨劇にぽかんと口を開く前に、三人目の口腔から強靭な細身の刀身が前歯を圧し折りながら押し入り中脳を致命的に破壊する。

そこには人を殺めるという良心の呵責もなく、その一個分隊も憎むべき敵ではなく、ただ目に映った順番に何人目の的程度の認識しかされていなかった。

漸く、最前までシサンの額があった空間に穴が開いた。誰かが引き金を引いたのだ。だが黙って死ぬほど彼は人間らしくは無かった。
トリガーの指と銃口の向き、距離から射出される方向を本能的に割り出して体を傾げるのみでその余波まで逸らしきり、四人目のその一撃を回避する。
同時にもたついている四人目をその身を断末魔に痙攣させる三人目ごと突き放した。

返り血はおろか、刃に血の一滴すら付着させていない。
ただ時折地面に赤く足跡が刻まれる以外には何の痕跡もなく殺害行為だけが継続されている。

―狩るべき立場が逆転している。
その事実に彼らは人間らしく恐慌状態になっている。
ただ、驚くべき訓練の賜物なのか、ただ彼らの宗主が恐ろしいのか……残る四人は銃口を向けて引き金を引く。

それが拳銃という形の、つまり『近距離最強武器』という形をとるものとはいえ、能力者の剣が届く間合いでその名を語るにはお粗末に過ぎたのかもしれない。
そうだ、五メートルは必要だったのだ。しかしその間合いは当の昔に詰められてしまっている。彼らは運が悪すぎた。

その銃口から致命傷となる威力の弾が射出される前に、精々身幅五センチにも満たない刀身にあっさり銃口がそらされるか、回避されている。
かろうじて着弾したのは精々が命に別状のない箇所ばかりだ。
高校男子冬服……強靭であるはずの詠唱兵器をあっさり食い破った弾に、シサンは眉一つ動かさない。ただただ機械的に命令を実行し続けるのみだ。
もっとも後方で逃亡を図っていた七人目が伸びだした影の一撃に引き倒される。殺人者への無明の恐怖が物理的に七人目を蝕み続ける。

銃創から血を吹きこぼしながらも滑らかな挙動で剣を振るい、おびえる四人目の大腿部の動脈を関節の腱ごと無造作に切断する。

四人目が崩れ落ちて死を秒読みする間に五人目が金切り声をあげて突っ込んできたのを回避し、六人目の銃弾を受けながらも鳩尾を防護服諸共突き通して抉る。肝臓を貫き脊椎まで達した細身の長剣の切っ先が腹腔内に残って欠けるも、頓着するはずもない。

― 三十分。三十分以内に設備の整った病院に搬送されたならばもしかしたら助かっただろう。だが悲しいことにその三十分は遠い未来であり、また、自分の命の重 さがその待遇に釣り合わないことを六人目はこの世界で理解してしまった。そしてたとえ生き延びたとて、宗主にその頭蓋を砕かれて終わってしまう。激痛と死 への絶望に犬のようなか細い悲鳴が上がる。
だが、『誰も気付かない』。

哀れな五人目が飛び出してしまったのは、既に腐臭が立ちこめ、蝿が無数にたかる地獄のような生の営みだった。自分たちが作り出した血と屍の池を失念していた男はあっさりそれに足をとられて倒れる。
そこに仲間入りするだろう未来に震える五人目を捨て置き、致命傷を免れて影と恐怖に蝕まれる哀れな七人目に慈悲もなく引導を渡した。当然手を合わせることもなく、残された最後の五人目に視線を向ける。その視線は冷えてすらいない。

アリを殺す子供や右から左へ流れ作業のように魚を捌く料理人のほうがまだ感慨があっただろう。
ただ、それが犠牲者たちに認識できていたのかは……怪しい。

「来るな、くるんじゃあない……。」

血餅と血漿に分離しつつある地面にくっきりと穿たれた影がゆれ、黒く濃密な霞のようにも見える蝿の羽音に完全に音の消えた世界。蝿にすら気付かれず歩み寄る殺人者。
死の恐怖の前に定まらない銃口が揺れ、引き金が引かれた。あたるはずが無い。

シサンは回避した筈の弾の衝撃波に頭を一瞬のけぞらせたが、逃がすつもりは毛頭ない。あればこんなことは最初からしていない。当然過ぎるほどのこの街の摂理の犠牲になることを、十分前までこの中の誰が想像していただろう……。

「お断りします。」

五人目は一言だけ、遠くから囁くような無常な宣告を聞き……それから、黒い影を纏った剣がその首の動脈を切り裂いた。

その間、たったの数分。
点々と穿たれた制服の向こうで肉体が漸く再生を始める。とはいえ体力は大きく殺がれたのか制服自体は再生されていなかった。

それは安堵に近いのかもしれない。
ほうと溜息を漏らすと、惨劇の主は額の汗を拭った。
程なくしてふっつりと存在そのものがぶれる様にイグニッションが解除される。

そこにいたのはただの薄汚れた青年だ。それ以外のなにものにも見えないところに彼の価値があった。
彼の最大の武器はその能力でも剣の技量でもなく、「誰にも気に留められることがない、誰にも不思議と思われない」という一点に集約される。潜在的に敵を作らず、たった一度の機会を待ち続ける。そういった暗殺者の能力……。


完全に人の気配が無くなったことを理解すると、漸く新たに死者の仲間入りをした者達の持ち物を漁る。
食べかけの携帯食料を見つけ、体格が近い者から損傷と汚損の少ない防護服を失敬し、何事も無かったようにその場を立ち去る。

本当に、本当に何事も無かったように。

そうしてまた別の群れに溶け込み、主を探し続け、命令を待ち、敵を沈め、敵性能力者相手にごまかしが利かないと悟ればバネの弾けるような速度で逃走し、また別の群れに溶け込み、主を探し続け、命令を待ち……命令を待ち続ける。
そうやって針の飛んだレコードのように同じことを繰り返すのだろう。
まさしく病んだ自覚すらない人間狩猟機《マンショニャッガー》のように。

まるでただの現象そのものだ。何の願いもなく何の思いもなく何の為でもなく、怒りも悲しみも快楽すらなくただただ条件に触れた存在を押しつぶす世界の歯車。

それが、シサン・クジュウの、物語の背景にいるモブの生き方だった。
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