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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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#4
とある“末路”

【20XX年 封鎖特区 鎌倉】


別にその少女に特別な何かがあった訳ではない。
彼女は“能力者”と言う多少は奇抜なステータスを持ってはいたし、一風変わった家柄の生まれでもあったが、その程度のことであればさして珍しくない。少なくともその時代、彼女の周囲を基準として見たなら、間違いなくそこそこ普遍的な人生を送ったと言える。

当たり前に生き、当たり前に戦い、当たり前に恋をして、当たり前に死んだ。

それが、何故こうなったのだろう。
巡り合わせとしか言いようが無い。偶然としか言いようが無い。
或いは、運命と言っても言い。

だがそれにしても、それは……何と皮肉な運命だろうか……



*  *  *  *  *



セキュリティレートSSS。施設コード『レギオン』

エノシマ・エリア の外れ。寂れ荒廃した地にその研究所は隠されていた。
今日までは。


「そ、"宗主"!?どうしたのですか突然お越しになら─
「じ、事前に連絡なり頂けましたら、私どもが出む─



「スポンサーの現在位置くらい、逐次把握していて欲しい物です」

"宗主"と呼ばれた男は事も無げにそう呟くと、戦槌に付いた血糊と脳漿を白衣で拭いつつ歩を進める。彼を出迎えに来た白衣の持ち主。今や只の肉塊と化した二人の事等、一顧だにせずに、だ。

進む先は只管に“下”。
次々に開いていくセキュリティを通り、男は何処までも地下に降りて行く。
電子ドアにパスコードを入れ、鍵を差込み、網膜を読み取らせ、

「おっと、これはしまった。IDカードを一枚忘れてしまいましたね」


── ──轟音── ──


"宗主"の歩を遮る者はいない。何故なら彼はこの研究所の誰よりも高い立場に居るのだから。……いや、それで無くとも、誰が留めれると言うのだ。着いて早 々挨拶のように所の責任者二人を肉塊に変え、sランク評価の大型妖獣の突撃にも耐える様設計された扉を、只の一振りで破砕してのける。この生きた“タチの 悪い冗談”を。

力により、権力により、そして何より恐怖により、男は何者にも“縛られぬ者”であった。
……いや、そう思われた正にその時、たった一人の人影が、男に足早に近き……

「オイ、待てそれ以上は…」


── ──轟音── ──



「……ああ、貴女でしたか。お久しぶりです」

己が廊下に創った巨大なクレーターに一瞥の視線も向けず、"宗主"は現れた女を見やり、優しく微笑んだ。

「……何しに来た」

一瞬先まで自分のた地点に開いた大穴をチラと一瞥し、“女”は問う。

「愚問ですね。当然、研究の成果を受け取りに来たのですよ」

「なら場所が違う。戦略妖獣なら一つ上。調整兵ならも一つ上。対能力者装備は更に上で、詠唱兵器はまだ上で通常兵器は別施設。こっから下には“何も無い”!それはお前が一番良く知って


── ──轟音── ──


「いいえ、ソレは違う。この下には“彼女が眠っている”」

「…っ!?まさかお前…!」

その言葉にハッとし、壁に穿たれた破壊跡を背に女は“宗主”に詰め寄る。
“宗主”は鷹揚に、穏やかに女を見下ろして微笑む。

「彼女を起こします」

その言葉を聴いた瞬間。女は更に弾かれた様に激昂した。


「危険すぎる!アレがどれだけのモノかお前だって…

「危険だから良いのですよ。逆に、そうで無いものに何の価値が?」

「だが!そもそもアレは制御できるようなもんじゃ無…

「制御出来る出来ないではない。支配するのです

“宗主”は微笑んでいる。


「あの“左利き”、再びこの地に現れたのですよ。だから、使える駒は、全て使える状態にしておかなくては」

沈黙した女を見下ろし、“宗主”は一層笑みを深くした。

「さあ、退いて下さい。次は避けれる速度ではありませんよ?


ツイ、と。戦槌が……


*  *  *  *  *


複合型地縛霊 レギオン。


ただ幾つもの怨念が混ざり合って生まれた地縛霊であれば珍しくは無い。例えばクラウドガイストが典型例だ。だが、この固体は既に一個の地縛霊として成り立っていたモノが改めて寄り合わさって生まれた。コレが、レギオンと名付けられたゴーストが持つ、第一の特異性と言える。

第二の特異性。其れは何よりもシンプルな要素。サイズ。

「……例えば…お前、この鎌倉全土を丸ごとテリトリーとする地縛霊が存在するって言われて、俄かに信じれるか?…信じたと……して、それだけのテリトリーを持つゴーストが一体どれだけ巨大なサイズをしているか、想像できるか?そりゃ…最重要機密にもなるさ…」

個にして全。全にして個。聖典の伝承が語るままに、『軍団』と言う字が示すままに、ただただシンプルに規格外に巨大なゴースト。

「それを……“宗主”は…ゴボッ…アイツは起こす気だ…」

「主任…もう良いですから、もう喋らないで下さい!せめて治療が終わるまで…」

「未だだ、未だ休む訳にはいかない……イツに…連絡…を……入れ…。そ………にもう…一つ……レギオンの特異せ……ある。アレは、アイツは…“宗主”に……そして…何より………利き”にとって……………………………。……」




レギオンは、ある一体のゴーストが『核』となっている。

別にそのゴーストに特別な何かがあった訳ではない。
ソレは“生前能力者だった”と言う多少は奇抜なステータスを持ってはいたし、一風変わった家柄の生まれでもあったが、その程度のことであればさして珍しく ない。少なくともその時代、煉獄と化した鎌倉の状況を考えれば、何と言う事無いの良くあるゴーストの一匹だったと言える。

良くある事件、良くある悲劇の中、良くある未練を残し、良くある想いを募らせた。

それが、何故こうなったのだろう。
巡り合わせとしか言いようが無い。偶然としか言いようが無い。
或いは、運命と言っても言い。

だがそれは、一体誰の為の運命だったのだろうか。



*  *  *  *  *



眠い。とても眠い。
朝、もう起きなくては遅刻なのだけど、どうしても起きれない時の様な。
濃密で穏やかなまどろみ。
シニタクナイヨチクショウナンデオレダケガタスケテママタスケテクヤシイクヤシイクヤシイスキナノニダイスキナノニドウシテボクダケガクルシイヨウニクイニクイニクイニクイユルシテオネガイダカラモウユルシテ
温かい布団の様に身に纏わり付く無限の怨念が眠気を後押しする。
絶える事の無い怨嗟の声が、麗らかな朝日の様に意識を沈めようとする。
ナンデコンナコトニサムイヨウアツイヨウイタイヨウクルシイヨウシネシネシネシネシネシネアアアアトスコシダッタノニモウスコシダケタスケテタスケテクソウクソウナンデボクダケガオマエモイッショニヤメテヤメテヤメ
けれど眠ってはいけない。何故か、よく思い出せないけど。兎も角眠っちゃいけないんだ。
思い出せない事はそれだけじゃない。と言うか本当は覚えている事の方が少ない。
クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ
自分は誰だったっけ。何で此処にいるんだったっけ。何がしたかったんだっけ。
眠気が。何か大きなものに混じり溶けて行くような、この穏やかな感触が、忘れてはいけないタイセツナコト事まで溶かしてしまう。
キエロキエロキエロキエロキエロキエテシマエキエテシマエキエテシマエ

忘れちゃ駄目なんだ。思い出さなくちゃ。
何かどうしてもやりたい事があったんだ。どうしても叶えたい事があったんだ。それだけ、それだけはどうしても諦める事が出来なくて。だから眠っちゃ駄目。まだ眠っては駄目。それをそれだけを叶えるまでは……
コロスコロシテヤルオマエノスベテヲヒテイシテヤルオレヲヒテイスルノナラオレヲケストイウノナラオマエダケハウーチャンオマエダケヲラクデイサセルモノカニクイニクイニクイダレカタスケウーチャンネエキコエナイノ
…でも………眠いよ…眠い………眠く……て…………ハ……ジ…………


────不意に光が射した────
纏わり付いていた怨念が、途絶える事の無かった怨嗟が、その光を畏れる様に少し大人しくなる。
少しだけ、眠気が晴れた。

「さあ、『   』さん。起きなさい」

……誰?……誰だっけ……見た事がある。覚えがある。
忘れちゃいけない事の中に……大切な事の中に……

「貴女には又、私の為に働いてもらいます。昔の様に、ね」

思い出せない、思い出せそう。誰だっけ。誰だっけ。
お腹の辺りで渦が巻いてる。懐かしい、不安、嬉し、怖い。
それから、凄く、悲しい。

「いけませんね、何時までも寝ぼけていては。“彼”が来ているんですから」


彼?……何だろう…。また……眠気が…………


「起きなさい『  ・ 』。『  ・ 』に、会いたくはないのですか」


目が覚めた。
全ての怨念と怨嗟を即座に捻じ伏せる。手前ラハ黙ッテロ。

『アア、アアアウ。ア…エ……ル?』

上手く紡げない言葉を、無理やりに繋げる。
会える?会えるの?本当に?

「ええ、本当ですよ。私が貴女に嘘を吐いた事がありましたか?」

懐かしい微笑。
胡散臭くて、底知れなくて、けど何よりも信頼の置ける……
チガウチガウヨダメダヨオモイダシテ!?
「目覚めなさい“レギオン”。己が想いの為。そして私の為に」

…自分の想い。……俺の願い…!
会いたい。会いたい…!会いたい!会いたい!!
もう一度。もう一度!
その姿を。その声を。その手を。その目を。その肌を。その髪を。その心を!

会いたい。会いたいよ。
アイタイ。
アイタイ アイタイ アイタイ アイタイ!
アイタイヨアイタイヨアイタイヨアイタイヨ!
アナタニ モウイチド  ダケデモ




鳴動する大地の底。
一つの意思によって束ねられ、膨れ上がり続ける怨念と怨嗟の中。
“宗主”は、鮫のように笑った。

かつての己が相棒と、そっくりに。
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