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あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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【20XX年 横浜某所】

カチ、カチ。

暗く締め切られた部屋には光も射さず、ただ単調な音のみが支配していた。
ただ一つの光点は、不健康にもモニターのちらつきだけ。
女は虚ろな目を画面に走らせ、ルーチン極まる作業を文字通り退屈そうに続けていた。

「つまらねェ、つまらねェよな……。」

幾度ため息を吐けども、失った時間は戻らないし帰れない。
まして、今はこれのみが己を生かす糧であれば、従わざるを得ない。
そう。『従わざるを得ない』のだ。もはやこの身は、尾振り首つながれた犬に過ぎない。

「まあ、別に……」

いいかな、と思う。
なんとなれば、結局のところ「勘違い」に過ぎなかったのだ。
『自分は自由だ、何物にも囚われない!』
全てはポーズであり模倣であり虚勢に過ぎなかった。
それを一番分かっていたのは他ならぬ自分だし、それを考えれば望んだ結果に落ち着いたとも言える。


―――『世界結界』の崩壊は、それに関わる者たちに様々な結果をもたらした。

今が春よと暴れ狂った者。
自らを大理不尽と自覚せず、君臨した者
そしてそれらを良しとせず、抗った者。

しかし、結局はそれらも…抗った者たちでさえ…ただの「反抗期」であったと片付けられてしまった。
なんとなれば、大人は老獪であるがゆえに大人なのである。
聞き分けのない暴れん坊には、押入れの刑。
聞き分けの良い子には、飴を与えて大人しくさせる。

そうだ。私は、昔から「良い子」だったじゃないか。

もう、殺したり殺されたりするのはまっぴらだった。
世界を救うために、何人死んだ。
己らの喰い合いのために、何人死んだ。
押入れに押し込められたくないがために、何人死んだ。

政府(おとな)は、イグニッションカードの供出と能力の封印を条件に衣食住職を提供してくれた。
政府のために戦う道もあったけれど、まっぴらだった。もうこんな物は要らない。
このまま私も緩やかに大人になりたい。いや、「なった」のだ。少なくとも、私を取り巻く年月は。


…なのに。
どうして、今になってこんな物を見つけてしまったのだろう。
日々の退屈に耐えかねて、ふと覗いたアングラ掲示板……


あの懐かしきニット帽が、そこにはあった。


戯れなのか本気なのか、己を「師匠」と呼んで慕ってくれた少女。
大飯喰らいで、目つきが悪くて、危なっかしくて可愛くて。
傍らにいつもあのチビが居て、いつも喧嘩をしていて、でもそれは傍から見れば吹き出してしまいそうなほど陳腐な痴話喧嘩に見えて……

「あいつらは、もう居ない。居ないんだ……」

どう言う経緯なのかは知らない。何があったのか、何が原因でどう言う戦いがあったのかなんて知らない。
それでもひとつ確実に言える事は、「彼女は死んだ」と言うこと。
勇ましくてカッコ良くて、でも皆優しくて、きっとどこかの誰かの憧れだったに違いないあの傭兵団だって今はもう無い。


なのに、あのニット帽はどうした事なんだ。
あの赤いマフラーは、誰の悪ふざけなんだ。


女は深く長い息を吐いたのち、端末に手を伸ばした。
二度と手繰る事の無いはずだった番号を入力しながら、カーテンを振り開ける。
何日ぶりかの日光に目を眇めつつ、手元の収納を探り……

「認識番号、b-02861。はい、そうです。
IGCの返還要請、ならびに能力の限定解除許可を。
それと……」

鏡に映った己の間抜け面に苦笑しつつ、手早く化粧を施す。
最後に、盟友から贈られた懐かしいシールタトゥーを左頬に貼り付ければ…

「『特区』封鎖隊への志願を。はい。間違いありません。……花の一期生、舐めンな。」

そう。これで、いい。
自分と同じく、穏やかに暮らす元・能力者…レティクルの仲間にも居る…にも、別れの挨拶をしておこうか。
女は端末を手に取り、うろ覚えのアドレスをめくった。



「『神をも恐れぬ大反逆者(スーパーロッカー)』、再び」
「『紅の反逆者』、封鎖特区へ」

アングラ掲示板にその類の情報が出回り始めたのは、この日を境にしての事である。
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