あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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ここはエリア・シチリガハマヒガシ。
『掃除屋』と、『祈らず』一派が『嵐公女』に決戦をしかける少し前の時刻。
丘・敬次郎と街田・良は、二階建ての住宅の上に建ち、風を浴びていた。
「浜風ですかね。心地いい。」
「そうだね。」
丘の黒いツーテールがなびき、街田の和服がはためく。
遥か東から聞こえてくる『嵐公女』の雷雨の音さえ覗けば、さわやかな快晴の日。
「丘君。今までどこに行ってたの?」
「心配してくれるんですか?嬉しいなあ♪」
「黙って出て行ったんだから、恨み言の一つでも言ってやろうと思ってさ。」
「ふふ、まあ。
一々告げるのも野暮な用事でして。」
「それはそれはいいご身分で。
大変だったよ、君を探しながら一人で『掃除屋』の切り盛りだもの。」
「あはは、すみません。
先輩ならやれるだろうと信頼してお任せしちゃいました。」
「全く。」
風がまた吹く。
髪と服がうるさくたなびいた。
「あの『嵐』とやるんだよね。」
街田は言いつつ、目は向けない。
東を歩く『嵐公女』――――『彼女』にそんな名前が付いていることなど二人には知る由も無いが――――を仕留める、と言い出したのは丘だ。
「ええ。」
「変な質問だけど、何で?」
珍しく、丘が黙った。
「悪いことを聞いたかな?」
「悪い奴だから、ってのは理由にはなりませんか。」
「君らしくないね。」
「でしょうねえ。」
彼らは二人とも、『彼女』が何者かを知らない。
名前は愚か、教団の手先であることも、同じ学園の卒業生であることすらも。
丘も、作戦会議中に「あれが一体何者で何を考えているかはわかりませんが」とはっきり前置きをしている。
確かに『祈らず』という勢力を助けたいと動機があるのなら、正体を調べることより兎に角『彼女』の討伐が最優先というのもわかる。
わかるが……。
「とても他人を助けようって人に見えないもの、君。」
「しっつれいな!
喜んで助けますよ!それが僕ら能力者の生まれた意味でしょう?」
言い切ってから、他人ってのが人間ならね、と丘は笑った。
「なんというか……。
皆を仕切ってどうにかしようってタイプじゃないじゃない、丘君。
やるなら後ろからバッサリとか。
もっとこう……慎重だと思ってた。」
「『あれ』相手に慎重も糞もないでしょうよ。どうやって背中とるんですかあんなの。」
「そうだけどさ。」
「……二度負けたんですよ。」
丘が笑うのをやめた。
「命は取り留めたが、圧倒的に負けたんです。
悔しくてね。」
「はは。やっぱり男の子ってことか。」
「それもあるかもしれません。
でも、でもねえ。」
懐から、丘が杖を取り出した。
筧・小鳩が死に際に残した唯一の遺品である仕込み杖。
「残留思念はなかったんですよね?」
「……ああ。」
「服も。」
「武器もだ。何もなかった。それ以外は。」
「やっぱり、これだけがこの世界のものなんでしょうね。
他は強く鳩様が名残ったから、彼女らの世界に消えてしまった。」
「……。」
「これは多分、まだ誰も斬っていなかったんでしょうね。」
輝く刃を抜いて、丘が呟く。
それを街田は、ただ見つめていた。
「……あの人たちは、僕を『勇気ある者』に仕立て上げたがった。
この世界にハッピーエンドを迎えさせるために。
自分たちがハッピーエンドを味わう為に。
自分たちが裏切られたバッドエンドの溜飲を下げる為に。
ただそれだけのために、恐らくはモニタの中の世界に入り込むような無茶をしてまで、ここにやってきて、僕を選んだ。」
「……。」
「彼らが願ったのは、
『銀の掃滅』。
能力者という特別な存在が、ではなく。文明を作り上げる普通の人間が、怪異を乗り越えること。
人間が乗り越えられない突発的な理不尽の群れ、すなわち『人間全てをバカにした存在』を叩き潰してしまうこと。
『そうして彼らは幸せに暮らしました』と幕を引けるようにすること。
断じて、『能力者も来訪者も人間も、ゴーストに脅かされつつも仲良く、あるいは仲悪くグダグダやってます』という未来を許さないこと。」
「……。」
「それを、『彼らの手で成し遂げること』。
だから彼らは、最後の存在になりたがった。
自分の理想をかなえるのは自分しかいないのだから、自分の手で『全部殺す』しかない。
全部殺すなら、魔王になるしかない。
彼らが託したなら、僕がそうなるしかない。」
「そうか。」
「こんなところであんな日本くんだりでうろちょろしてるような奴に手間取ってる暇は無いんです。
もっともっと強くならないと。
いつか笑って、全部殺せるように。
あれは、僕にとっての『壁』だ。そう決めた。
あれが『今』倒せないのなら、今後僕は夢の途中で他の何者かに打倒される。必ず。」
「……。」
「筧・次郎は死に、
筧・小鳩は死んだ。
彼らの魂はようやく解放され、
いうなれば、僕はやっと、『彼らを正式に継承する権利を得た』。
そんな気がするんです。」
「……そう。」
街田は話を理解しているわけではない。
ただ、彼がそう信じているならそうなのだろう、と、否定せずに相槌を打っている。
「此処には、水が少ないですね。」
「海は、見えるけど。」
刀をしまった丘が、辺りを見回す。
街田が浜辺に目線を向けるが、丘はそれには応えず。
「あの嵐の中なら、恐らくは披露できると思いますよ。」
何を、と振り向く街田が見たのは、ゴーグルと海パン姿に水で出来た龍を纏った丘の姿だった。
「蛟(みずち)です。
僕の体内の水分ではこの程度の大きさにしか出来ませんが、あの大雨の中なら。きっと。」
「君は、何者なんだ?」
「ただのバケモノ候補生です♪
あとは、水刃手裏剣に命を売った酔狂な優男♪」
「優男とか、自分で言うか。」
「水刃手裏剣と龍顎拳の融合ですが、まあ、もう原型をとどめちゃあいませんね。
雷光のように動いたという『先生』と、
台風のように薙ぎ散らしたという『鬼嫁』と。
僕は雷神の速度も風神の破壊力も持っていなかったから。
全てを飲み込み噛み砕く、水神となるのです。」
「なんていうか……今日の丘君は、何時にも増して、ロマンティストだねえ。」
「でもこの世界では御伽噺もバカにはできない。でしょう?」
「その通りだ。
……残念なことに。」
風の中、二人して、笑った。
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