あってはならない、否定できない可能性――最悪の終末。
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己の役割を果たせなかった愚か者に一晩かけて『罰』を与えた後、"宗主"は一日の時間を休養に費やした。自分という怪物の塒に乗り込んできた勇者……本質的に何ら己と変わるところの無い『化け物』……の膝を折り、首輪を付けて野に放ってから誰とも会わずただ、自室に引き篭もった。
+++++
《『 』ちゃん。何してるの?》
+++++
自室の寝床でまどろむ度に聞こえる声。かつていつでも傍にあったその優しい声。今は古い映画のフィルム、その向こうにある虚構のように遠くそれでいて手が届きそうな場所から穏やかに聞こえてくる。
いつも、『能力』を起動する度に襲ってくる残響。その声は錆びた鋸のように心をゆっくり抉る。並の神経ならばとうの昔に発狂しているであろうその幻覚症状は、既に"向こう側"へと渡った彼にとってはむしろ最後の憩いの時間であった。
「……少し眠ろうかと思ってね。いつも『 』ちゃんが言っていたろう?睡眠は大事だと」
《いつもいつも、一人で抱えてばかり。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと休まなきゃ駄目ですよ?》
「ああ、そうだね。ありがとう、『 』ちゃん」
真っ白な壁に向け、幸せそうに"宗主"は語りかける。まるでそこに愛する人が居るかのような、穏やかな顔で。恐らくは教団に居るほとんどの兵が見たことの無い、優しい笑顔で。
+++++
《まだ、許せないでいるのですか》
「……いや、大丈夫だよ。僕はちゃんと、元気でやっているから」
+++++
断続的に聞こえる声、緩やかな時間。そして次に来るのは、銀の喀血と全身を燃やすが如き痛み。詠唱銀が身を焼く痛み。一分一秒の狂いもなくそれは必ず"宗主"を追い詰めてくる。ベッドに倒れこみただ静かに耐える。いつも通り、去っていくのを待てばいいだけの話だ。……やってくる度に、その地獄の時間は長く、そして濃くなっていくのだけど。
初めは部屋の調度品はめちゃくちゃになり、体も掻き毟って傷だらけになった。一度この症状がやってきてしまうと三日は外に出られない。誰かと会うにはあまりにも不利な姿となってしまうからだった。"宗主"に揺らぎがあってはならない。一般兵如きは問題になりはしないが、彼を狙う能力者は両手が軽々埋まる程度には存在している。
六度の発症を超えて、やっと制御が出来るようになった。身体的なダメージについては『政府』筋より横流しされた詠唱銀鎮静剤を打つ事で痛みなどを抑え、精神的な部分においては……簡単な手段で克服した。
ただ、素直になる。
それだけだった。
++++++
「そろそろ必要になるかと思いまして」
銀色のアンプルと注射器を持ち、"黄金蝙蝠"は部屋の隅に立っていた。"宗主"私室に不用意な出入りを行うということは、それだけで十分死ぬ理由となり得た。例え「黙示録の獣(リヴァイアサン)」といえど例外ではない。
「……助かります」
"宗主"は特に気にかける事無くアンプルを注射器に流し込み、自らそれを打った。暫くして症状は治まっていく。"黄金蝙蝠"はその圧倒的諜報能力と危険管理能力の高さから、獣の中でも格段に高い評価を得ていた。
「……現状は」
「もう少し落ち着かれてからでよろしいかと」
事もなげに"宗主"にそう言い放つと、小脇に抱えていたファイルケースからいくつかの書類を取り出し、淡々とそれを纏め始めた。もしも他の誰かであったならば、果たしてその場に存在を許されていただろうか。
「……"ウエムラ"様より通信が入っております。私が代理で受けておきましたが、内容の方、如何されますか」
ベッド脇のテーブルに拳が打ち付けられる。その一撃で割れるどころか砕けた木製のテーブルは、破片を弾として"黄金蝙蝠"の頬を裂いた。
「………そのまま廃棄して頂いて結構」
蝙蝠は自らの血を指で拭い、そっと、甞め取った。
愉しそうに、哂いながら。
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《『 』ちゃん。何してるの?》
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自室の寝床でまどろむ度に聞こえる声。かつていつでも傍にあったその優しい声。今は古い映画のフィルム、その向こうにある虚構のように遠くそれでいて手が届きそうな場所から穏やかに聞こえてくる。
いつも、『能力』を起動する度に襲ってくる残響。その声は錆びた鋸のように心をゆっくり抉る。並の神経ならばとうの昔に発狂しているであろうその幻覚症状は、既に"向こう側"へと渡った彼にとってはむしろ最後の憩いの時間であった。
「……少し眠ろうかと思ってね。いつも『 』ちゃんが言っていたろう?睡眠は大事だと」
《いつもいつも、一人で抱えてばかり。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと休まなきゃ駄目ですよ?》
「ああ、そうだね。ありがとう、『 』ちゃん」
真っ白な壁に向け、幸せそうに"宗主"は語りかける。まるでそこに愛する人が居るかのような、穏やかな顔で。恐らくは教団に居るほとんどの兵が見たことの無い、優しい笑顔で。
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《まだ、許せないでいるのですか》
「……いや、大丈夫だよ。僕はちゃんと、元気でやっているから」
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断続的に聞こえる声、緩やかな時間。そして次に来るのは、銀の喀血と全身を燃やすが如き痛み。詠唱銀が身を焼く痛み。一分一秒の狂いもなくそれは必ず"宗主"を追い詰めてくる。ベッドに倒れこみただ静かに耐える。いつも通り、去っていくのを待てばいいだけの話だ。……やってくる度に、その地獄の時間は長く、そして濃くなっていくのだけど。
初めは部屋の調度品はめちゃくちゃになり、体も掻き毟って傷だらけになった。一度この症状がやってきてしまうと三日は外に出られない。誰かと会うにはあまりにも不利な姿となってしまうからだった。"宗主"に揺らぎがあってはならない。一般兵如きは問題になりはしないが、彼を狙う能力者は両手が軽々埋まる程度には存在している。
六度の発症を超えて、やっと制御が出来るようになった。身体的なダメージについては『政府』筋より横流しされた詠唱銀鎮静剤を打つ事で痛みなどを抑え、精神的な部分においては……簡単な手段で克服した。
ただ、素直になる。
それだけだった。
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「そろそろ必要になるかと思いまして」
銀色のアンプルと注射器を持ち、"黄金蝙蝠"は部屋の隅に立っていた。"宗主"私室に不用意な出入りを行うということは、それだけで十分死ぬ理由となり得た。例え「黙示録の獣(リヴァイアサン)」といえど例外ではない。
「……助かります」
"宗主"は特に気にかける事無くアンプルを注射器に流し込み、自らそれを打った。暫くして症状は治まっていく。"黄金蝙蝠"はその圧倒的諜報能力と危険管理能力の高さから、獣の中でも格段に高い評価を得ていた。
「……現状は」
「もう少し落ち着かれてからでよろしいかと」
事もなげに"宗主"にそう言い放つと、小脇に抱えていたファイルケースからいくつかの書類を取り出し、淡々とそれを纏め始めた。もしも他の誰かであったならば、果たしてその場に存在を許されていただろうか。
「……"ウエムラ"様より通信が入っております。私が代理で受けておきましたが、内容の方、如何されますか」
ベッド脇のテーブルに拳が打ち付けられる。その一撃で割れるどころか砕けた木製のテーブルは、破片を弾として"黄金蝙蝠"の頬を裂いた。
「………そのまま廃棄して頂いて結構」
蝙蝠は自らの血を指で拭い、そっと、甞め取った。
愉しそうに、哂いながら。
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